【Global Economy】(30) “公正貿易”の仮面…アメリカ、繰り返す保護主義

アメリカのドナルド・トランプ大統領が、国内産業を過剰に守ろうとする保護主義の姿勢を崩さない。アメリカは世界の自由貿易の旗振り役だが、歴史を振り返ると、保護主義の動きを繰り返している。 (本紙編集委員 山崎貴史)

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「国際収支を改善し、雇用を増やす為、輸入品に10%の課徴金を課す」――。昭和46(1971)年8月15日。アメリカのリチャード・ニクソン大統領は緊急の演説を行い、低迷する景気を浮揚させる為の新たな経済対策を発表した。急激なドル安が予想される“ドルと金の交換停止”も含み、“ニクソンショック”として世界経済を震わせた。この輸入課徴金は、原則として全ての輸入品に10%の実質的な関税をかけるものだ。外国製品を輸入し難くし、停滞する国内産業を保護する狙いだった。アメリカは戦勝国であるものの、国土が殆ど戦場にならずに済み、戦後の世界経済をリードした。「戦前の保護主義の広がりが戦争を招いた」との反省から、自由貿易を推進した。ニクソンショックは、そのアメリカが、自国の都合を優先する保護主義の姿勢を戦後初めて露わにした瞬間だった。当時、アメリカ経済には陰りが見え始めていた。ベトナム戦争の泥沼に嵌まり、企業活動も低迷した。一方で、日本やドイツは戦後の焼け跡から立ち直り、アメリカへの輸出を伸ばした。アメリカの貿易収支は、1971年に戦後初めて赤字に転じた。ニクソンは、不満を抱く国民に「我々はより良き仕事をより多く作り出さねばならない」と呼びかけた。「自由で公正な貿易政策を推進すべきだ」(ロナルド・レーガン大統領)、「公正な貿易ルールを確保することが重要だ」(ビル・クリントン大統領)――。アメリカ政府は、通商政策を語る際、常に「公正(フェア)であるべきだ」と強調する。トランプ大統領も先月28日の施政方針演説で、「自由貿易を強く信じるが、それは公正な貿易でなくてはならない」と訴えた。“公正な貿易”とは何か? アメリカは、不当な輸入制限や、極端な値下げで輸出を増やそうとする行為等を、「不公正な貿易だ」とする。1960年代以降、アメリカは、対米輸出を伸ばした日本に対し、自動車・半導体・牛肉・オレンジ等の分野で、“公正な貿易”を掲げて市場開放を迫った。

現在のトランプ政権は、対米貿易黒字の多い中国・日本・ドイツを批判する。だが、“公正”の概念は曖昧だ。巨大市場を抱え、多くの国にとって重要な輸出先であるアメリカが、強い立場を利用して交渉を有利に進める為の“大義名分”にもなってきた。『連邦準備制度理事会(FRB)』のアラン・グリーンスパン議長(当時)が、クリントン政権の通商政策に対し、「公正貿易の仮面を被った保護主義だ」と痛烈に批判したこともある。実際、現在もアメリカから日本への自動車輸出にかかる関税はゼロであるのに対し、日本からアメリカへの輸出は乗用車が2.5%、スポーツ用多目的車(SUV)等には25%の関税がかかる。SUVはアメリカ人に人気で、アメリカの自動車大手3社(ビッグスリー)の収益源だ。“25%”の背後には、政治力の強い自動車業界の存在がある。アメリカの“公正貿易”の在り方を問われかねない状態が続いている。アメリカの保護主義政策の切り札となったのが、為替相場のドル安への誘導だ。ドル安が進めば、アメリカの輸出に有利になり、輸入は抑制し易くなる。1971年8月のニクソンショックを受けて、同年12月に合意した『スミソニアン協定』では、円ドル相場はそれまでの1ドル=360円から308円へと、大幅な円高・ドル安への変更が決まった。その結果、アメリカの貿易収支は1973年に3年ぶりに黒字に戻った。貿易赤字に悩んだレーガン政権の『プラザ合意』も、急激なドル安を齎した。合意前の1985年9月20日に1ドル=242円だった円ドル相場は、翌1986年3月には174円台に達し、当時で戦後最高の円高・ドル安永準を記録した。アメリカの貿易赤字は、1988年から1991年まで4年連続で減少した。戦後、アメリカが『関税貿易一般協定(GATT)』や『世界貿易機関(WTO)』体制を推進し、経済のグローバル化や自由貿易をリードして、世界経済に大きな役割を果たしたのは間違いない。それは、“自由”や“平等”を大切にするアメリカの建国の精神にも適うものだった。一方で、国内で輸入品に押されて不満を抱く業界があれば、政治家は国民の支持を失わないように、保護主義的な行動を取ってきた。“自由”の理念を維持しつつ、“国内産業を保護する”現実にも対応する為に用いた便利な言葉が、“公正な貿易”だった。佐賀大学の米倉茂名誉教授(国際金融論)は、「アメリカはグローバリズムを基本としながら、状況に応じて保護主義的な色彩を持ち出す」と指摘する。トランプ大統領は、公約に掲げた“オバマケア”の撤廃に失敗する等、政権運営に疑問符が付き始めている。市場関係者の間では、「国民の支持を保つ為、何れ現代版のプラザ合意を考えるのではないか」とも囁かれている。

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■貿易赤字、悪いとは言えない  前田和馬氏(『大和総研』エコノミスト)
貿易収支は、その国の輸出と輸入の差額を示す。貿易赤字は、輸入が輸出を上回る状態だ。つまり、国内で作るモノよりも、国民が買うモノが多いということ。「貿易赤字だから経済状態が悪い」という訳ではない。トランプ大統領は、アメリカからみて貿易赤字の多い中国・日本・ドイツを批判している。だが、企業は各国のコストや制度を踏まえ、国境を越えたバリューチェーン(供給網)を構築している。アメリカは中国からスマートフォンやパソコンを大量に輸入しているが、これは『Apple』等のアメリカ企業が製造拠点を中国に設けている為だ。自由貿易の利点は、各国が其々得意なモノを作り、互いに輸出し合うことで、社会全体として利益を得る点にある。実際、中国等との貿易によって、アメリカの多くの消費者は製品を安く買えるメリットがある。ただ、自由貿易によって全ての国民が恩恵を受ける訳ではない。安く製品を輸入できるのであれば、同じものを国内で作る必要は無くなる。こうして、工場の職を失った労働者たちが、保護主義を掲げるトランプ大統領を支持した。アメリカを含む先進国にとり、自由貿易によって衰退した産業から、成長させる産業に労働者を移行させることが大きなテーマだ。職業教育の充実や、各自の能力に応じた転職先探しの支援等が検討課題となる。


⦿読売新聞 2017年3月31日付掲載⦿




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