【闘いの軌跡・拉致家族会20年】(下) 薄れる関心、募る危機感

20170406 04
厳しい冷え込みが続いていた先月中旬、拉致被害者の田口八重子さん(当時22歳)の兄・本間勝さん(73)は、さいたま市のJR浦和駅前に立ち、拉致被害者の帰国実現に向けた署名を呼びかけていた。「この問題に無関心だと、次の被害者が出てしまう。それは皆さんの大切な家族かもしれない」。声を張り上げたが、多くの人は素通りしていく。カップル・学生・ベビーカーを押した若い母親…。本間さんは後ろ姿を目で追い、複雑な表情を浮かべた。7人兄妹の末っ子で、本間さんと12歳違いの田口さんは1978年6月頃、1歳と3歳の子供を残して北朝鮮に拉致された。本間さんは、北朝鮮が田口さんらの拉致を認めた直後の2002年9月、田口さんを救い出したい一心で『拉致被害者家族会』に加わった。当時は、僅か2時間で約500人が署名に応じた。しかし、この日に集まった署名は74人。「もっと我が身のこととして怒ってほしい。歯痒いですね」。本間さんは溜め息を吐いた。

家族会が結成されたのは、20年前の1997年3月25日。活動を始めた当初は、街頭で救出を訴えても見向きもされず、署名簿を挟んだ画板を叩き落されたこともある。それが、2002年の日朝首脳会談を機に状況は一変。5000人収容の会場で開いた集会は、立ち見が出るほどだった。しかし、2002年10月に被害者5人が帰国した後、拉致問題に大きな進展はない。世論の熱気は、また冷めつつある。田口さんと、本間さんの兄で家族会の代表を務める飯塚繁雄さん(78)は、「『拉致問題はどうせ解決しない』という感覚が日常のことになってしまえば、誰も関心を持たなくなる」と危機感を募らせる。「残された家族には、やり場のない苦しみがある。皆さんの力を貸してほしい」。家族会と歩調を合わせ、拉致被害者の救出に取り組む『救う会埼玉』のメンバー・藤田隆司さん(59)は約3年前から、埼玉県内の高校で講演を続けている。講演で初めて拉致問題を知る生徒もいる。それでも、藤田さんは手応えを感じ始めている。「自分たちにできることをやりたい」。ある高校では、生徒たちが署名を集めてくれた。藤田さんの兄・進さんは、19歳だった1976年2月、同県川口市の自宅を出たまま行方不明になった。脱北者の情報から、警察当局は「北朝鮮による拉致の可能性を排除できない」としているが、政府認定の被害者にはなっていない。「若い人が声を上げ、政府や世論を動かす大きなうねりになれば」。藤田さんは、そう願っている。

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門間順平・竹田昌司・矢野誠が担当しました。


⦿読売新聞 2017年3月26日付掲載⦿
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