【「佳く生きる」為の処方箋】(08) 手術日が新しい誕生日

この連載が始まって2ヵ月が過ぎました。何故、連載のタイトルを『「佳く生きる」為の処方箋』にしたのか。今回は、この言葉に込めた思いをお話ししたいと思います。“よい”を表す漢字には、“良い”“善い”“好い”等もありますが、敢えて“佳”という漢字を用いました。これには“よい・美しい・目出度い”といった意味があり、良い悪い・善悪・好き嫌いのような対語はありません。自分なりの解釈ですが、“佳”には他との比較ではなく、もうそれ自体で完結しているような唯一無二の良さ・輝き・クオリティーの高さ、そして品の良さがあるように感じます。余談ですが、娘の名前にも同じ漢字を充てました。まぁ、明らかに親バカの命名だとは思いますが…。抑々、私が“佳く生きる”ということを考えるようになったのは、高齢の患者さんへの手術がきっかけでした。80歳以上の超高齢者の手術は今でこそ珍しくないですが、私が心臓外科医になりたての頃は、70代の手術さえ数えるほどしかありませんでした。当時は自間自答を繰り返したものです。患者さんが超高齢だと、たとえ手術で心臓が良くなっても早晩、他の病気で亡くなるかもしれません。命は助かっても社会復帰ができず、寝たきりになることもあります。また、心臓手術の医療費は高額で、合併症を起こす可能性が高い超高齢者では、更に費用負担が増えることにもなりかねない。結局、手術で痛い思いをさせて、社会的な負担だけ増やすことになるのではないか。そんな危険を冒してまで手術をする意味があるのか…と。今から思えば不遜な問いかけですが、その頃は真剣に悩みました。

疑問を抱えたままで手術をするのは患者さんに失礼ですから、何とか自分なりの解答を見つけたかった。結論から言うと、答えを出してくれたのは当の患者さんでした。順天堂医院の前に勤務していた新東京病院には、手術を受けた患者さんたちで作る『新心会』という団体があり、懇親会やゴルフコンペ等を定期的に催しています。私はその長年に亘るお付き合いを通して、患者さんたちの術後の姿を具に観察してきました。容態が急変して待った無しの緊急手術も多かった筈なのに、手術後は皆さん、見違えるように元気になり、潑剌と日常生活を送っておられる。中には80歳で手術を受け、その後、突如として旅に目覚め、86歳の現在までに16回海外旅行をした方もいます。また、高齢の方に限りませんが、「早くお迎えが来てほしい」等と言う人は1人もいません。生きることへの意欲がとても強いのです。手術を受けた日を“新しい誕生日”と表現した人もいました。死の淵から生還した、生まれ変わったという感覚なのでしょう。「心臓は大丈夫!」という自信が、そのまま生きる自信に繋がっているようです。何歳であろうと、手術で心臓を治療することで、残された人生を前向きに、自分らしく生きられる。まさに、その姿が唯一無二の“佳く生きる”ことだと思うようになったのです。そして、そのような患者さんの生きる姿は、家族の心にも強く刻まれます。寿命が来て亡くなられた後も、おじいちゃん・おばあちゃんの元気だった晩年の思い出がずっと家族にも語り継がれていくのです。これは、単に“長生き”という言葉では言い尽くせない、“佳く永く生きる”ということではないでしょうか。心臓外科医として、患者さんの“佳く生きる”を応援したい。そんな思いで始めたのが、この連載です。これからも宜しくお願いします。


天野篤(あまの・あつし) 心臓外科医・『順天堂医院』院長。1955年、埼玉県生まれ。日本大学医学部卒。『亀田総合病院』『新東京病院』等を経て、2002年に順天堂大学医学部心臓血管外科教授に就任。2012年2月18日に天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀。2016年4月より現職。著書に『一途一心、命をつなぐ』(飛鳥新社)・『この道を生きる、心臓外科ひとすじ』(NHK出版新書)等。


キャプチャ  2016年6月30日号掲載
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