【変見自在】 原道子は女の敵

アメリカの遺伝子学者であるハーマン・マラーは、1890年にニューヨークで生まれた。コロンビア大学に入って、ここで生涯の遺伝子研究の伴侶となる猩々蝿に出会った。猩々蝿は遺伝子の数も少なく、10日間で産卵し、直ぐ交尾できるから、実に手っ取り早い研究素材だった。「研究に近道は無い」が科学の鉄則だが、実は猩々蝿こそ禁断の近道だったことがずっと後にわかる。マラーはある時、猩々蝿にX線を照射してみた。結果は凄かった。ほんの2週間で100例の突然変異体を生み出せた。これは、過去7年間の研究で見つけた変異体数と同じだった。平たく言えば、X線を当てれば面白いように突然変異ができた。奇形は子孫にも遺伝した。1928年、大恐慌の前年にベルリンであった国際遺伝子学会での彼の発表は、世界に衝撃を与えた。彼の研究は各機関で追認された。更に、スズメバチとか別の素材で実験が行われたが、何故かそっちは上手くいかなかった。大恐慌が起きて、マラーは忘れられた。覚えていてくれたのはヨシフ・スターリンだけで、彼は思想もそっちだったから喜んでソビエト連邦に移り住み、『ソ連科学アカデミー』所長のニコライ・ヴァヴィロフの下で研究を進めた。しかし、ソ連は変な国だ。「遺伝子は環境でも変えられる」というトロフィム・ルイセンコが出てきた。「春蒔き小麦も育て方で秋蒔きになり得る」と。スターリンはそれが気に入った。共産主義にぴったりだ。突然変異-適者生存のメンデル遺伝学は、“頽廃した西側の思想”と見做され、レーニン賞も受賞したヴァヴィロフは逮捕され、監獄で食事も与えられずに餓死した。後ろ盾を失ったマラーは、命辛々アメリカに逃げ帰っ た。折あたかも日米開戦前夜のことだった。“赤い国”から戻った男は冷や飯を食べ続けたが、アメリカが原爆を完成させてから境遇は大きく変わった。

広島と長崎に落とされた核爆弾は20万人を殺し、「被爆地は草も生えない」と言われた。「被災者は放射線を浴びたことで遺伝子が異常をきたし、奇形を産むだろう。それは末代まで遺伝する」というマラーの発見が、ここで蘇ったのだ。そんな恐怖の兵器をアメリカのみが持つ。逆らう国などある訳もない。「アメリカは世界の絶対的な覇者になった」と思われた。その恐怖を科学的に実証したことになるマラーは再び脚光を浴び、広島原爆の翌年、ノーベル賞を受賞した。彼は言う。「核兵器が生む放射線は、将来に亘って人類の危機となる」。アメリカが最も高揚した瞬間だった。しかし、それから間もなく、人類はDNAの存在を知る。その研究で、DNAには自己修復力があって、遺伝子がX線で傷付いても直ぐ直すことがわかった。では何故、猩々蝿に奇形が生まれたか。実は、猩々蝿はその自己修復力が無い例外的存在だった。道理でスズメバチ等の他の実験で奇形が出難かったかの説明がつく。マラーは近道し過ぎた。手っ取り早い研究ぐらい、いい加減なものはない。しかし、マラーの猩々蝿研究は、『国際放射線防護委員会』の許容基準にもなっている。例の人体の年間許容量1mSvがそれだ。だから、今ではその250倍でも安全とされ、寧ろ生命体の活性を助けるという説も支持されている。ただ、東電福島の事故では、マラーの嘘を元にした1mSvが基準に使われ、避難地域が決められた。危険地域とされたところで猪や豚が元気にやっているのは見ての通りだ。そんな常識を朝日新聞だけは書かなかった。逆に、「放射能はコワい」と風評を煽った。そんな朝日を信じる裁判官がいた。前橋地裁判事の原道子は、マラーも知らず、朝日の言う“見えない放射線”に怯えて自主避難した住民の訴えを丸ごと認めた。女三宮は男に漢籍を教えた。清少納言は噂の害を1章立てて指摘した。アホな判決を出した原道子は、“聡明な日本女性”の面汚しと言っていい。


高山正之(たかやま・まさゆき) ジャーナリスト・コラムニスト・元産経新聞記者・元帝京大学教授。1942年、東京都生まれ。東京都立大学法経学部法学科卒業後、産経新聞社に入社。警視庁クラブ・羽田クラブ詰・夕刊フジ記者を経て、産経新聞社会部次長(デスク)。1985~1987年までテヘラン支局長。1992~1996年までロサンゼルス支局長。産経新聞社を定年退職後、2001~2007年3月まで帝京大学教授を務める。『高山正之が米国・支那・韓国・朝日を斬る 日本人をますます元気にする本』(テーミス)・『アジアの解放、本当は日本軍のお陰だった!』(ワック)等著書多数。


キャプチャ  2017年4月6日号掲載
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