【Global Economy】(31) 竹森俊平の世界潮流:“トランプ流”行き詰まり

アメリカのドナルド・トランプ大統領の政権運営に疑問符が付き始めている。肝煎りの政策が議会を通らない。国際経済学者である慶應義塾大学の竹森俊平教授が、ポピュリズム(大衆迎合主義)政治の現状を分析する。

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「国民生活の改善には、政治・経済体制を破壊する必要がある」――。昨年、こうした主張を掲げるポピュリズムが世界政治を動かした。低い経済成長率や所得格差に不満を抱く有権者に、この単純な考えが効いたのだ。トランプ大統領が誕生したアメリカや、『ヨーロッパ連合(EU)』からの離脱手続きを始めたイギリスで、ポピュリズムが政治の主導権を握った。これらの国の政治には、新たな秩序の創造が求められる。破壊しか頭にない政治は行き詰まる。トランプ大統領は、バラク・オバマ政権が導入した医療保険制度(オバマケア)の撤廃に失敗した。この躓きで最も打撃を受けたのは、共和党の政策を主導するポール・ライアン下院議長だ。オバマ前大統領は、国民皆保険の実現を目指した。従来、アメリカの公的医療保険制度には、高齢者が対象の“メディケア”と、貧困者向けの“メディケイド”の2つの仕組みだけがあり、国民皆保険を目標とする制度は無かった。この為、国民の2割近くが医療保険に加入していなかった。各人が個別に契約する保険の仕組みだと、病気になる確率の高い人は、より高額の保険料を払わなければならない。高齢者や持病のある人は保険に入り難い。こうした弊害を防ぐ為、オバマケアでは健康な人が他の人の保険料を補助する仕組みにした。

地域単位の保険制度を設け、地域内で保険会社に基本サービスを同一保険料で提供するよう義務付ける。医療保険への加入を義務にし、例えば健康な人が加入を拒めば罰金を科す。メディケイド予算も増額した。共和党はオバマケアに反対し続けた。「保険加入の義務化は自由を侵害し、メディケイドの拡充は政府の肥大化だ」と主張する。今や、共和党は大統領と議会を掌握した。今度は医療保険制度を改革する責任が生じる。それでライアン議長は、政府補助を大幅に削る改革案を纏めた。ところが、連邦議会予算局が「改革案では長期的に2400万人のアメリカ国民が医療保険を失う」との予測を出した。これをきっかけに、共和党内が分裂した。オバマケアの完全解消を望む党内過激派と、多くの人々が保険を失う制度改革を嫌う穏健派の双方から支持を得るのは困難になった。ライアン議長は改革案の決議を見送った。トランプ大統領も了承する。医療保険改革での敗北後、トランプ大統領は「今後は税制改革に専念する」と述べた。法人税・所得税の大幅減税や、税額控除によるインフラ(社会資本)投資の促進だ。立法権を持つ議会が、ここでも主役だ。特に上院がカギとなる。共和党は、上院100議席の内、52議席を持つ。民主党が全員反対に回っても、多数決投票なら勝てる。ところが、アメリカの上院には“議事妨害”という仕組みがある。野党は審議を延々と引き延ばすことで、法案の通過を阻止できる。共和党は60票を集めれば議事妨害を排除できるが、52議席しかない為、届かない。他方、アメリカの財政赤字削減を目的に作られた『財政調整法』という仕組みがある。財政調整法の下で進める上院の法案審議では、議事妨害を使えないことになっており、単純過半数で法案を通過させられる。共和党にとり、財政調整法の魅力は大きい。だが、財政調整法は財政赤字の解消が目的だ。10年を超えて財政赤字を拡大させる法案には適用できない。共和党の税制改革案に適用するには、減税による歳入減を補う財源を見つけて財政赤字が増えないようにするが、期間10年の時限立法にするかしかない。共和党の税制改革案の纏め役もライアン議長だ。ライアン議長が昨年示した税制改革案は、減税による税収減を賄う為の財源を国境調整税に求める。アメリカには連邦消費税が無い。この為、日本やヨーロッパのように、輸出について消費税を免税し、輸入に消費税を課す措置を取れない。

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改革案では、「アメリカ企業の輸出に対して法人税を免除し、輸入には課税する」とした。「アメリカの輸入は輸出を上回るので、課税額は免税額を上回り、差し引きで法人税率引き下げを賄える税収を得られる」と計算する。しかし、輸入に対する法人課税は、明白な保護貿易措置だ。それで輸入品価格が上がれば、日本等の輸出企業だけでなく、アメリカの消費者も小売業者も被害を受ける。既に『ウォルマート』等の小売業者や共和党議員の一部が、国境調整税に猛反対している。ライアン議長は、医療保険改革で党内調整に失敗しただけに、再度の党内分裂に繋がる国境調整税は見送るのではないか。となると、トランプ政権は大幅減税の財源を確保できず、財政調整法の下では減税は実現できても小幅になる。今頃になってトランプ大統領が「今後は民主党との協力を考える」と言い出した理由はここにある。民主党が議事妨害に出なければ財政調整法は必要なく、財政赤字拡大を気にせず減税ができる。民主党は、インフラ投資には基本的に賛成だ。しかし、天敵に救いの手を差し伸べる意思が民主党にあるだろうか? トランプ大統領がいくら意気込んでも、立法権を議会が持つアメリカの制度では、過激な行動に歯止めがかかることが証明された。昨年まで共和党は“何でも反対”に終始し、具体的な提案を纏める努力を怠った。トランプ大統領は、明確な政策ビジョンを持たない。これらが新政権の具体的成果の乏しさに繋がっている。イギリスのEU離脱までの道程も厳しい。期待された成果を生まない為、ポピュリズム旋風は徐々に萎むだろう。


竹森俊平(たけもり・しゅんぺい) 経済学者・慶應義塾大学経済学部教授。1956年、東京都生まれ。パリ大学留学(サンケイスカラシップ)。慶應義塾大学経済学部卒。同大学大学院経済学研究科修了。同大学経済学部助手やロチェスター大学留学を経て現職。著書に『世界経済危機は終わった』(日本経済新聞出版社)・『欧州統合、ギリシャに死す』(講談社)等。


⦿読売新聞 2017年4月7日付掲載⦿
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