【オトナの形を語ろう】(20) 小説家としての自分を生んだ恩師の言葉

先週に続いて、先日亡くなった私の恩師であり、友であった人のことを話そう。酒場で出逢って以来、その後の先ず10年間を、1年のうち360日を、その人と飲んだ。私は出逢った頃は未だ作家ではなく、寧ろ作詞やコンサートの演出をしたり、コマーシャルの仕事をしていた。その人に出逢った頃、私は芸能界の仕事にうんざりしていた。元々、そういう仕事が向いていなかったのだろう。『日本レコード大賞』新人賞やレコード大賞の楽曲を書いてはいたが、自分の中では「こういう仕事をする為に、この世に生まれて来たんじゃないだろう」と思っていた。その人に出逢う7~8年前、私は小説誌の新人賞の公募に、ある年、3作品を書いて投函した。所謂“純文学”と今も呼ばれている小説誌に2作。そして、エンターテインメント系の小説誌に1作を書いて応募した。純文学系の2作は、最終候補にもならず落ちた。ところが、エンターテインメント系の小説誌に応募した作品が、最終候補にまで残った。「そうか、俺はそういう系統なのか」と思い、発表を待っていると、これが見事に落選した。見事どころではなかった。当選・落選は、その小説誌に当選の理由、落選にはその評が選考委員の文章で掲載される。その選評を読んでみると、これが惨憺たるものだった。

選考委員の1人などは、「新人として期待して読んだのだが、大正副読本のようなもので、時代がまったく書けてない」と酷い貶されようだった。副読本とは教科書の補書となる図書のことで、参考書のようなものと考えてもらえばいい。未だ明治副読本でなかったのが救いと思ったが、他の選考委員は、私の作品に触れることさえしなかった。唯一、結城昌治さんだけが評価をしてくれた。その結果で、「私は小説家としての資質は無いのだ」と思った。それでも、私のその作品を評価してくれていた若い編集者がいて、当時、私が暮らしていた湘南の逗子のホテルにまで逢いに来てくれた。「私は貴男の作品が好きです。どうか書き続けて下さい」。そう言われても、その時の私は借金だらけで、危ない仕事も頼まれればやらなくてはならぬ状態で、お金になれば腕1つ落とされても仕方がない仕事を引き受けていた。私は離婚し、慰謝料を含めて、今なら考えられぬほどの現金を毎月送らされていた。それをどうにかできたのは、男としての意地もあったのだろう。私はよく、若い人に「ハンディキャップを抱え込んだほうが、何かをする時に武器になる」と話すのだが、その頃の私は、他の同年齢の男のことが羨ましかった。毎月、そのお金をどうにか作り、送金するということに齷齪していたのである。ところが、知らぬうちに、同年齢の男たちが稼ぐ金額の何倍ものお金を手にする術を身に付けていたのである。

それが軈て、ファッションショーやコンサートの演出から作詞等を手掛けるようになるのである。その人と出逢った頃は、何とか生きていけるようになった頃で、私は殆どギャンブルにお金を注ぎ込んでいた。その人は、どこでどう聞いたのか、私が嘗て小説を書いていたのを知っていて、酒場の席で「伊集院はん、あんた、ぼちぼち小説を書いたらどうや?」と言った。「いや、小説は、小説を書くべく生まれた人間が書くものです。私なんかは無理だとはっきりわかっているんです」。私がそう答えたのには理由があって、“麻雀の神様”と呼ばれた阿佐田哲也こと、文学者の色川武大と知己を得て、「人間の格が違う」と感じていたからだった。そのことをその人に話すと、「そうかな…。私にはそういう風には思えへんで。伊集院はんみたいに、一見、無茶苦茶してんのが小説書けるんと違うか?」と言われた。そんな折、ある出版社の若い編集者から週刊誌のエッセイ依頼があった。書けるものなどない。しかし、「その人と共に過ごしている日々のことは書いても、1人くらい支持してくれる読者はいるのでは?」と思い、「毎日、酒場で生きている自分のことなら…」と引き受けた。タイトルはその人が付けてくれた。『二日酔い主義』。挿絵はその人が描いてくれた。これが予期せぬ読者の支持を受けた。「えぇやないか、次は小説やで」。その人に言われるがままに小説を書くようになった。 【続く】


伊集院静(いじゅういん・しずか) 本名は西山忠来。作家・作詞家・在日コリアン2世。1950年、山口県生まれ。立教大学文学部日本文学科卒業後、『電通』に入社。CMディレクター等を経て、1981年に作家デビュー。『愚者よ、お前がいなくなって淋しくてたまらない』(集英社)・『大人の男の遊び方』(双葉社)・『無頼のススメ』(新潮新書)等著書多数。近著に『旅人よ どの街で死ぬか。 男の美眺』(集英社)。


キャプチャ  2017年4月17日号掲載




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