日朝間に激震! 『京都大学原子炉研究所』准教授は田中実さん拉致実行犯の娘と結婚していた!

北朝鮮へ渡航したら日本には戻れない“再入国禁止”措置が取られている核の専門家は、近年、核兵器の小型化にも応用できる研究を行っていた。そして、その彼と暮らす在日韓国人の妻は、何と田中実さん拉致事件を起こした秘密組織『洛東江』責任者の娘だった――。 (取材・文/ノンフィクション作家 福田ますみ)

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『京都大学原子炉実験所』の卞哲浩准教授の住所は2つある。同実験所の傍の職員用住宅と、神戸市灘区の一戸建ての自宅だ。卞准教授は、平日は職員用自宅に住み、土日は灘区の自宅に戻るようである。今年2月初めのある朝、筆者はこの職員用住宅の卞准教授の部屋の前で張り込むことにした。今まで様々な方法で彼との接触を試みたが、全く空振りだったからだ。1時間半ほど待ったが、卞准教授は出てこない。仕方なくインターホンを押したが、何の応答も無い。諦めかけて外に出ると、2階の卞准教授の部屋のベランダで、彼の妻が洗濯物を干していた。一瞬躊躇ったが、声をかけた。「卞先生はいらっしゃいますか?」「卞先生は北朝鮮に何度も行っていらっしゃるようですが?」。筆者は更に幾つか質問をしたが、彼女は黙々と洗濯物を干すだけで、間もなく部屋の中に入ってしまった。我が国の安全保障を揺るがす一大事にも拘わらず、一部の新聞が報じたそのニュースに対する読者の反応は鈍かった。昨年1月6日、北朝鮮は4回目の核実験を行った。1ヵ月後の2月7日には、“人工衛星の打ち上げ”と称して長距離弾道ミサイルを発射し、これが沖縄上空を通過した。国際社会の制止を無視した度重なる暴挙に、日本政府の危機感は大きく、その対応は迅速だった。2月10日、対北への日本独自の制裁を閣議決定したのである。翌11日付の読売新聞朝刊には、こうある。

「対北制裁 官房長官会見の要旨――【前略】我が国は拉致、核、ミサイルといった諸懸案を包括的に解決するために何が最も有効かという観点から、真剣に検討してきた結果、以下の独自措置を実施することを決定した。第一に、在日外国人の核・ミサイル技術者の北朝鮮を渡航先とした再入国禁止を含め、以前より対象者を拡大して人的往来の規制措置を実施する。第二に、支払い手段などの携帯輸出届け出の下限金額を引き下げ、北挑戦向けの送金を原則禁止する。第三に、人道目的の船舶を含む全ての北朝鮮船籍の入港を禁止し、北朝鮮に寄港した第三国籍船舶の入港を禁止する。第四に、資産凍結の対象になる関連団体、個人を拡大する。【後略】」。注目すべきは、「第一に、在日外国人の核・ミサイル技術者の北朝鮮を渡航先とした再入国禁止を含め」という部分である。これはどういうことか。つまり、核やミサイルの専門的技術を持った在日の科学者に対して、「北朝鮮に渡航したことが判明した場合は、再び日本に戻れなくする」という制裁措置である。「北朝鮮の核兵器開発の急速な発展は、旧ソビエト連邦・イラン・パキスタン等の科学者の協力に負うところが大きい」と今まで報じられてきた。ところが、他でもない我が国の在日の科学者が密かに、核やミサイル技術を北に漏洩している疑惑も、予てより囁かれていたのである。ただ、この時点では、どんな人物が再入国禁止措置を受けたのか、詳しい情報は未だ無かった。だが、マスコミのその後の続報で、次第に具体的なことがわかってきた。この時対象になった再人国禁止対象者は22名。その内の17名は許宗萬議長や南昇祐副議長等の『朝鮮総連』解部だが、後の5名が問題の核・ミサイル技術者である。彼らの実名を初めて公表したのは、『北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会』(以下“救う会”)の会長・西岡力氏(東京基督教大学教授)だ。西岡氏は以前から在日の科学者たちの情報を掴んでおり、「核・ミサイル技術者の渡航を止めよ」と政府に提言してきた。月刊誌『正論』2016年6月号に掲載されたその5名とは、徐錫洪・徐判道・李栄篤・梁徳次・卞哲浩である。以下、彼らの経歴・業績を紹介する。尚、この情報は、拉致・核問題解決の為、北朝鮮の秘密資金凍結や、外貨獲得限止を世界に働きかけるロビー活動を行っている『アジア調査機構』の加藤健代表、西岡教授等、北朝鮮関連の専門家の調査を総合したものである。

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①徐錫洪…朝鮮籍。1932年生まれ。日本名は住友清太郎。東京大学工学部卒業後、『東京大学生産技術研究所』で内燃機関を研究し、工学博士号を取得。2サイクルエンジンの世界的権威で、1980年代半ばに、後述する徐判道と連名で『アメリカ動力機械学会賞』を受賞。この技術を彼は、祖国・北朝鮮の軍事開発にフルに活用した。彼が社長を務めた北朝鮮の元山にある日朝合弁企業『金剛原動機合弁会社』は、表向き農業機械用エンジンの製造会社となっているが、実はミサイルやエンジンを製造する工場である。また徐は、2006年、無許可で人材派遣業を営んでいたとして、神奈川県警に摘発された。彼が労働者を派遣した先は大手電機メーカーの子会社で、県警は同社のモーター製造技術を北に伝える狙いがあったとみる。②徐判道…朝鮮籍。1942年生まれ。徐錫洪と血縁関係はないが、広島大学を卒業した後、錫洪と同様、東大生産技術研究所に勤務。専門も同じ2サイクルエンジンである。アメリカ動力機械学会賞を錫洪と共に受賞した。1993年には、北朝鮮から『共和国博士号』を授与されている。錫洪が社長を務めた金剛原動機合弁会社で副社長の職にあったこともある。北朝鮮のミサイル実験に合わせて、複数回訪朝していたようである。メディアや公安関係者は、この2人を“徐兄弟”と呼ぶ。③李栄篤…韓国籍。1979年生まれ。埼玉大学理学部物理学科卒。更京都立大学(現在の首都大学東京)大学院で物理学を専攻した。『高エネルギー加速器研究機構』の研究員、大阪大学大学院で研究員を務めた後、日立系の民間企業に就職した。注目すべきは、李がつくばの高エネルギー加速器研究機構に在籍していたことだ。ここは、日本の物理学の分野でも屈指の先端技術を扱う研究機関である。彼が都立大学大学院に進む際、こんなコメントを朝鮮総連系のウェブサイトに残している。「大学院では、世界レベルの研究をし、その成果を統一祖国の繁栄に生かしていきたい」。更に、今回の再入国禁止措置については、「北朝鮮に行ったのは高校の修学旅行が最後であり、人違いだ」と主張している。

④梁徳次…朝鮮籍。1940年生まれ。『名古屋大学プラズマ研究所』(現在の『核融合科学研究所』)の元研究員。現在は東京の自宅で、プラズマや自然エネルギーを利用した発電システムの開発業務等の事業を行っている。そして5人目が、冒頭に登場した卞哲造准教授である。つまり、先の徐錫洪・徐判道は、北朝鮮のミサイル製造技術に、あとの3人は北の核開発に寄与したのではないかと疑われているのである。そして特筆すべきは、5人とも『在日本朝鮮人科学技術協会(科協)』に所属していることだ。この団体は朝鮮総連傘下にあり、在日の朝鮮人・韓国人の科学研究者・技術者・医師ら約1200人で組織されている。表向きはあくまで親睦団体だが、日本の公安関係者によれば、朝鮮労働党の工作機関・対外連絡部の直属で、北朝鮮の核ミサイル開発を支えてきたスパイ集団とされる。その証拠に、前出の西岡氏が正論2016年5月号に書いた記事には、こうある。「2005年10月、警視庁が薬事法違反容疑で科協の副会長らを逮捕した際の家宅捜索で、陸上自衛隊の地対空ミサイル(SAM)の資料が防衛庁から科協に流出していたことが判明している」。また、昨年5月12日に開かれた衆議院特別委員会で、公安調査庁の杉山治樹次長は松原仁議員の質問に対し、次のように答弁した。「『科協の関係者が北朝鮮による核及びミサイル開発に関与している』という指摘が報道等でこれまでなされてきたところでございまして、公安調査庁では重大な関心を持って調査を進めているところでございます」。因みに、科協に所属する科学者たちのスローガンは、「科学に国境はない。しかし科学者には祖国がある」というものだ。扨て、愈々本稿の主眼である卞哲浩准教授である。韓国籍で、1965年生まれ。1980年に朝鮮中級学校を卒業し、朝鮮高級学校に入学。1983年に卒業後、1989年に名古屋大学工学部に進み、1995年に名古屋大学大学院工学部工学研究科修士課程修了。1997年に京都大学大学院入学。2000年にエネルギー科学博士号を取得。『産業技術総合研究所』特別研究員を経て、2002年に『京都大学原子炉実験所』の助手となり、現在、准教授である。京都大学原子炉実験所とは、平和利用・教育目的の為に1963年に設立された全国大学等の共同利用研究施設である。原子炉の各特性に関する基礎研究・開発研究・教育訓練を行っている。大阪府泉南郡熊取町にあり、その広大な敷地は三重・四重、ところによっては五重・六重の有刺鉄線が隈なく張り巡らされ、更にその有刺鉄線の間に電気柵も敷設されているという。正門入り口は24時間警備員が目を光らせており、物々しい警戒ぶりだ。正面入り口の直ぐ外から写真を撮ろうとすると、「そこは敷地内だから」と止められてしまった。この警備が厳重な施設に自由に入れる人物がいる。卞哲浩氏だ。彼が意図して、原子力についての技術や研究成果を北朝鮮に持ち出しているとしたら、これらの物理的な警信・保安体制は全く無意味なものになる。

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筆者は昨年12月、この卞准教授に取材する為に同実験所を訪れたが、「総務を通してほしい」という一言で事実上断られ、代わりに同実験所の副所長に話を聞いた。それによると、昨年2月19日付で、本人の元に法務大臣名で、「北朝鮮に入国した場合は再入国できない」とする認定通知書が届いた。実験所が本人に事情聴取を行ったところ、卞准教授は「こんな文書が来るとは思っていなかった。抑々、それほど重要な文書だとも思わなかった。北朝鮮へは行くつもりもないし、行ったこともない。北に情報提供などしていない」と答えたという。更に、過去の公用渡航歴の提出を求めたところ、韓国に多数回、他に中国・イタリア・アメリカ等への渡航歴が確認できたという。彼の専攻は原子炉物理・原子力教育。同実験所の副所長によれば、「研究者として優秀であるばかりでなく、教育者としても非常に優れた方である」。確かに、京都大学原子炉実験所のホームへージには、2014・2015年と、卞準教授の英文の論文の引用回数が最多であるとして、2年続けて賞を受賞したことが記されている。しかし、素人には“原子炉物理”と言われても何のことかわからない。そこで、卞准教授と同様、原子力を専攻する専門家にご登場願おう。卞氏が目下職場とする京都大学の理学部物理学科を卒業し、現在は『東京工業大学先導原子力研究所』の助教で、工学博士の澤田哲生氏だ。専門は原子核工学。この澤田氏に、彼の専攻を解説してもらった。「原子炉物理というのは、この分野を専攻する学生が皆学ぶ基本の学問です。制御された核分裂反応を維持することができるように設計された原子炉の中で、どういった物理的反応が起こるか、その振る舞いを実験やコンピュータシミュレーションで研究します。この核分裂連鎖反応、つまり原子核分裂の連鎖反応が一定の割合で継続していることを“臨界”と言いますが、臨界の度合いが1程度だと原子力発電に、2以上だと核爆弾、つまり核兵器に利用することができる。よく、原子力の平和利用・軍事利用と言いますが、その境界は極めて曖昧です」。

卞准教授は神奈川県川崎市生まれの、恐らく在日3世である。父親の経歴は不明だが、母親は今年81歳。彼女は9人兄妹の長女として、北海道滝川市で生まれた。“祖国解放後”(※終戦の年)に、親戚を頼りに家族で九州へ引っ越したという。そして、福岡県飯塚市で、炭鉱で働く同胞たちの苦労を目の当たりにしながら育ったらしい。この辺りの母親の経歴については、川崎市の朝鮮総連系地域同胞生活情報紙『トンネだより川崎』(※題字はハングル・2009年10月26日発行)が、『この人』というコラムで紹介している。以下引用する。“S”としたのが母親である。「1955年に総聯が結成され民族学校が開校するやSさんも朝鮮学校に編入。親の手伝いや兄妹の面倒を見ながらではあったが勉強が楽しく、学校には常に一番で登校した。当時、ウリハッキョ(※“私たちの学校”の意)の高校は東京にしかなく、Sさんは、中学卒業後、単身で上京。家計が大変ではあったが、アボジ、オモニはすんなりと承諾してくれ、寮生活が始まった。『民族学校で学んだのは、ことばと民族心、朝鮮人として生きる信念』。卒業後は、東京に残り品川支部にて活動開始。2年後、家族は祖国に帰国したが、Sさんは、ひとり日本に残って活動家の道を歩み続けた。そして、同じく活動家だったご主人と結婚し、川崎に住みついた。家族のいないSさんの為、結婚式は組織ですべて行ってくれた。『いまでも、その恩を忘れられない』と話す」。苦労の中で育ちはしたが、しっかり者の、まさに朝鮮のオモニの姿が浮かぶ。見過ごせないのは、この母親の両親・兄妹が全員、“祖国に帰国した”とあることだ。これは、1959年から1980年代にかけて約9万人の在日朝鮮人が北朝鮮に“移住した”帰国運動のことだろう。在日韓国・朝鮮人の大半は元々、朝鮮半島南部の出身である。しかし、朝鮮総連が北朝鮮を“地上の楽園”と宣伝し、日本の政治家・マスコミもそれに同調して煽った挙げ句、空前の“民族大移動”が起きた。朝鮮総連の公式見解によれば、ここ川崎に住んでいた朝鮮人たちの間で「祖国に帰ろう」という運動が起こったのが発端だとする。しかし、この結果は悲惨だった。帰国者から「あらゆる日用品・食料・日本円を送ってくれ」という悲鳴のような手紙が、日本に残った家族の元に続々と届き始めたのである。筆者は、「卞准教授が本当に北朝鮮に核の情報を提供しているとしたら、それは、向こうに渡ったこの親族の存在が影響しているかもしれない」と思う。母親を紹介したコラムには続きがある。彼女は、60歳を目前にしてへルパーの資格を取得したとある。「同胞社会で自分に出来ることは何かを模索していたとき、老人介護の講演を聴いた。ところが、ここにも民族差別があることを知り胸が痛んだ。『同じ人間なのになぜ?…』。やりきれない思いを抑えながら心に誓った。介護士になろうと。そして、2000年にへルパーの資格を取得し、訪問介護を5年程やった。そんな時、NPOアリランの家発足の話が持ち上がり、【中略】Sさんも自身の経験を生かし積極的に参加、現在に至っている。【後略】」。

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NPO法人『アリランの家』は、在日コリアンの老人の為に訪問介護やデイサービスを提供する福祉施設で、2003年にオープン。卞准教授の母は事務局長に就任した。彼女はまた、同胞高齢者の親睦と交流を行う『川崎高麗長寿会』の事務局長も務めており、朝鮮総連系の人権セミナーで積極的に発言する等、バリバリの活動家だ。卞准教授は、こういう母親の下に生まれたのである。筆者は、卞准教授が育った川崎市幸区にある実家を訪ねてみた。付近は小さな家が軒を連ねる一角で、借家だというその平屋の家は僅か16坪ほどだが、改装したのか小奇麗になっている。表札は卞准教授の母親の名前である。インターホンを押したが応答が無い。近所で聞いてみると、母親は「何年か前に特別養護老人ホームに入所した」といい、留守宅には休日になると卞准教授が時折訪れるらしい。幼い頃の卞准教授は“優秀なお子さん”として評判だったらしいが、近隣の日本人とは殆ど付き合いが無く、両親・哲浩少年とも挨拶程度の仲だったという。父親は、定時に出て定時に帰ってくる仕事だったようだが、何をしていたのかはわからない。卞准教授には妹がいて、留学先のアメリカに留まったままだという。母親は今でも朝鮮籍だろうという。卞准教授も幼い頃は朝鮮籍だった筈だが、いつの頃か韓国籍に変えている。「韓国籍のほうが海外に渡航し易い」という指摘がある。日本の公安関係者から“北朝鮮の核ミサイル開発を支えてきたスパイ集団”とまで見做される科協に所属していること、両親とも朝鮮総連の活動家で少なくとも母親は朝鮮総連べったりで日本社会に批判的であること、卞准教授も朝鮮学校育ちで恐らく幼い頃は日本人とはあまり交流が無かったことを考え合わせれば、北朝鮮との強い繋がりがあるのは当然だろう。更に、こんな事実がある。「卞は、特例財団法人“金萬有科学振興会”(現在の『成和記念財団』)から、1997年度と1999年度の2度に亘り、専門の原子炉物理関連の研究論文で、研究奨励金を其々70万円受け取っています」(『アジア調査機構』の加藤健代表)。

この財団は、東京都内で病院を経営していた在日朝鮮人の金萬有医師が、在日の研究者の研究助成を目的に1977年に設立した。金医師は、1986年に22億円の資金を投じ、平壌に病院を設立する等、北との関係が深い。尚、徐錫洪・徐判道・李栄篤も、過去に同財団の助成を受けている。だが、北との関係はそれだけではなかったのだ。卞准教授の身辺を洗うと、驚くべき事実が判明した。彼は1998年11月、同じ在日の女性と結婚している。当初は実験所に近い泉佐野市のマンションに住んでいたが、後に神戸市灘区に移っている。筆者はこの住所に出かけてみたが、六甲山が迫る神戸の一等地に建つ50坪の敷地の豪邸である。近所の不動産屋に聞くと、「坪150万円は下らないだろう」という。鉄筋2階建てで、地下には2台分のスペースのビルトインのガレージがある。この住所の登記簿を見ると、家が建てられたのは2001年1月である。但し、卞准教授だけの所有ではなく、妻と妻の両親の4人の共同所有である。それが何ともややこしい。例えば、建物1階部分は、妻の父が5分の4、妻の母が5分の1、建物2階部分は卞准教授とその妻が其々2分の1ずつ、建物地下は、妻の両親・卞准教授・妻が其々4分の1ずつの所有となっている。土地については、妻の父が5分の4、妻の母が5分の1の所有権を持つ。建設するに当たって、娘婿の卞准教授も資金の一部を出したかもしれないが、事実上、この家を建てたのは妻の父だろう。卞准教授の父に当たる男は曺廷楽という。一部ではよく知られた名前である。何故なら、『洛東江』という北朝鮮直属の秘密工作機関の親玉だったからだ。洛東江の存在が明るみに出たのは、朝鮮総連の活動家だった張龍雲(故人)なる人物が、1997年1月号の月刊誌『文藝春秋』に手記を寄せた為だ。張氏はこの手記の中で、1972年、曺の手引きによってこの組織に入り、彼の指令に従って、活動資金の調達や潜入工作員の指導、各種工作の実務を担ったことを告白した。そして、洛東江は日本人拉致にも手を染めていたことを暴露したのだ。1978年6月、神戸市のラーメン店店員だった田中実さんが突然、失踪した。張氏は、同組織の韓龍大(故人)と曺が共謀の上、田中さんを成田空港からウィーンに出国させ、モスクワを経由して北朝鮮に拉致した事実を明かした。韓は、田中さんが勤めていたラーメン店の店主だったのである。この手記は大きな反響を巻き起こした。『北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会・兵庫』の長瀬猛代表と岡田和典氏は、韓を2002年10月に、曺を2003年7月に、国外移送目的略取等の罪で兵庫県警に告発した。これに先立ち、長瀬氏と岡田氏は、週刊誌『FRIDAY』記者の佐村多賀雄氏を伴って、韓と曺が其々住む青森と山形に向かった。そして、数日間の張り込みの末、2人を直撃した。

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「当時、韓は八戸でパチンコ三昧の生活でしたね。パチンコ屋から出てきたところを捕まえ、『田中実をどうしたんだ!』と聞くと、『俺は知らない。やったのは曺廷楽と張龍雲だ。俺は関係ない』と言い張った。数ヵ月後に山形の曺のところに行きました。彼は向こうでパチンコ屋を経営していた。張り込むと、気付いた彼は車で逃走。公共温泉施設から出てきたところを直撃すると、曺は大暴れして、ストロボを壊されてしまいましたよ。『韓と張がやったことで俺は関係ない』と否定していましたが、『田中実はJALに乗ってオーストリアに行った』とは漏らしましたね」(現在はフリージャーナリストの佐村多賀雄氏)。別の関係者も、「『(田中実を)JALに乗せた』と曺が言った」と証言する。しかし結局、この告発は有耶無耶のまま終わってしまったようだ。長瀬氏によると、「不起訴になった」との知らせも無いという。曺廷楽の経歴をここに記す。曺は1938年、大阪出身。極貧の生まれで一時、丹波の山奥で炭焼きをしていたこともあった。1955年の朝鮮総連結成に参加。本部宣法部指導員・総連灘支部勤務を経て、1960年代中頃には対南工作(対韓国工作)に従事していたようだ。1968年頃には、朝鮮総連東神戸支部組織部長・尼崎西支部組織部長を務める。1974年には、在日朝鮮人の青年が朴正熙大統領を狙撃し大統領夫人が亡くなった、所謂『文世光事件』に加担したとされる。1975年には、韓が日本海を往復する非合法ルートで北朝鮮に渡るのを手伝った。1980年代は、両親が帰国していた北朝鮮の平安北道・雲山を頻繁に訪れ、雲山の金採掘を党中央に進言している。曺がこうした非公然組織のリーダーとなったのは、朝鮮総連関係者に言わせると、「金儲けが上手かったからだ」。彼は山形にマンションを購入し、パチンコ屋を経営する一方で、神戸市灘区に先の豪邸を構えている。「曺は、朝鮮総連の中では精々、支店長・部長クラス。それで何であんなに羽振りがいいんだってことになる」(朝鮮総連関係者)。

確かに、彼のカネの流れを見ると不審な点がある。彼は1988年、『朝銀兵庫信用組合』から2300万円を借り入れ、更に1999年にも『朝銀近畿信用組合』から7000万円を借り入れたが、朝銀はどちらも2001年に放棄している。当時、近畿信用組合が破綻しているからだが、その債権が譲渡されることもなかった。結果、1億円近いカネを彼はそっくり懐に入れたことになる。神戸市灘区の自宅周辺で話を聞くと、曺らしい男を見かけた人は皆無。他の家族も、全くと言っていいほど近所付き合いをしていないことがわかった。筆者は、この家を3度訪れた。最初の訪問時、インターホンを押すと、卞助教授の妻らしき人が出た。身分を名乗り、「卞先生はいらっしゃいますか?」と尋ねると、「主人は出張中です」「再入国禁止措置が出ていますよね?」「主人はそういうことには関わっておりません」。そう言ってインターホンは切れた。2度目に訪ねた時は、「曺廷楽さん、いらっしゃいますか?」と言ってみた。しかし、応答は無い。3度目の時も応答は無かった。ただ、通話ボタンを押した気配はする。来訪者の顔を確認しているのだろう。「何で…」という壮年の男性の声が聞こえる。暫くして、窓から外を窺う男性の影が見えた。曺は恐らく山形にいる筈で、これは卞准教授だろう。卞准教授が、義理の父となる男の正体を知らずに、妻と結婚したとは考えられない。在日朝鮮人の社会は狭いし、抑々、卞夫妻の結婚前に張龍雲氏の告白手記が出て大騒ぎになっていたのだ。北にとっても、彼の研究は喉から手が出るほど欲しいものだ。先に登場した東京工業大学の澤田哲生助教によると、「卞先生は、エネルギーがとても大きい14MeV中性子を用いたADS実験等も行っています。ADSというのは“加速器駆動システム”の略称で、“核のごみ”の変換・消滅を効率的に起こさせる為の装置です。14MeV中性子は核融合中性子で、卞先生は、これがどう振る舞うかを研究している。これを使うと、小型で高度な爆発になる臨界度3~5も実現できる。この技術は、核兵器の小型化にも応用できるのです」。政府関係者によれば、卞准教授は何度も北朝鮮入りしている。具体的には、1992年8月、1996年7月、1999年3月、2000年、2001年、2002年、更に2008年10月中旬の計7回は訪朝しているという。筆者は、この真偽を是非とも本人にぶつけたかったが、メールをしても返事は無く、携帯電話に連絡を入れても、「卞先生ですか?」と言った瞬間に切られてしまった。そこで、冒頭に書いたように、卞准教授が普段住む京都大学原子炉実験所の職員用住宅を訪れ、彼の妻に質問を発したのである。だが、彼女は何も答えず、卞准教授も姿を現さなかった。西岡力教授は、今回の5人の科学者に対する再入国禁止措置について、「安倍政権だからこそできたことではあるが、しかし、既に多くの技術が流出してしまっており、遅きに失したと言わざるを得ない」と悔しがる。外為法第25条第1項は、大量破壊兵器の開発に転用でき得る特定技術を外国に提供しようとした場合、その者の国籍に拘わらず、経済産業大臣の許可を必要とする(※概略)とある。この許可を取らずに技術を提供すると、外為法違反となる。明確な犯罪なのだ。しかし抑々、こうした情報の国外流出を取り締まることは非常に難しい。

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アジア調査機構代表の加藤健氏が説明してくれた。「例えば、海外の公園の便所で北朝鮮大使館員とすれ違った瞬間にUSBメモリーを渡した者がいたとして、その中身が大量破壊兵器関連の特定技術であると日本政府が立証するのは、事実上不可能です。そこで必要になるのが、科協のような組織の構成員を安全保障上、機微な技術に触れさせない為の採用時スクリーニング(振るい分け・適性検査)です。我が国を核兵器で威嚇する国に忠誠を誓う者や、関連団体に加入した者は、一定の施設から遠ざける必要がある。これは民族差別とは全く関係ありません」。京都大学原子炉実験所は、外国人留学生等を受け入れる場合、北朝鮮・イラン・中国等、特定の国の学生の受け入れは断っており、採用に当たっては、朝鮮籍については身辺調査をするという。しかし、韓国籍については全くのノーチェックのようだ。大学は、人種・民族・国籍の別なく学究の徒が集う自由で闊達な場である。だが中には、そうした寛容な雰開気を悪用する者もいるかもしれないのだ。科協のスローガンを思い出してほしい。彼らは、「科学に国境はない。しかし科学者には祖国がある」と言っているのである。国立大学の研究費は、全て国民の税金で賄われる。我々の税金が、こともあろうに、我々の生存を脅かす独裁国家の大量破壊兵器の開発に使われているとすれば、それは悪夢以外の何物でもない。「言葉に少し、韓国人に特徴的なアクセントがあるので、てっきり『少し前に日本に来た韓国人なのかな?』と思っていました。彼が再入国禁止措置を受けたことは、ちょっと噂にはなっていて、『どうしたんだろうね』とは言っていたんです。でも、彼は真面目で謙虚、研究姿勢もピュアそのもので、本当に素晴らしい人格の持ち主なんです。北との関係はとても信じられません」。卞氏が所属する日本原子力学会で、彼を知るある研究者が表情を曇らせて、そう話してくれた。卞准教授は、彼を心配するこうした声に応えて、真実を話す義務がある筈だ。


キャプチャ  2017年3月号掲載
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