【ヘンな食べ物】(33) 恐怖のスパークリング・エイ料理ホンオ

店で出される料理としては世界で最も臭いと思われる韓国のアンモニアスパークリング鱏料理“ホンオ”。その本場は、韓国南西部にある町・木浦である。私は別の取材の序でに、韓国人の(※でもホンオは嫌いな)カンさんを宥め賺して、この町にやって来た。市場周辺はホンオ一色。市場の目抜き通りには、ホンオの刺身を切って箱詰めする店がずらりと軒を連ね、小型の鱏の開きが干してある。面白いことに、干した鱏はアンモニア臭がせず、居酒屋の鱏鰭の匂いがする。何ヵ月も掃除してない小便器のような臭いのホンオになるか、鱏鰭になるかは、極小さな分かれ道らしい。私たちは市場前に並ぶ料理屋に適当に入り、ホンオを頼んだ。今日は中・上級編だ。先ずは肝。これには文字通り“度肝”を抜かれた。絶品なのだ。ちょっと牛乳がかかったかのように白っぽい見てくれだが、食べてみても不思議とミルキーな風味がある。物凄く新鮮らしく、おぼろ豆腐のように口の中でぷるぷる震え、そのままヨーグルトのように溶けそうなのに、噛むとプチッという歯応えがしっかりある。これが、あの下品なアンモニアスパークリング魚の肝とは到底思えない。「ホンオなんか絶対食べない」と思った人も、肝だけは試すべきだろう。続いて刺身。“凄く腐ったやつ”(※発酵が凄く進んだホンオを韓国ではそう言う)を頼んだ。しかし、結果は「うーん…」。然程、刺激的な感じはしないし、アンモニア臭よりも魚の生臭さが鼻につく。臭さや不味さも中途半端で、態々この遠い港町まで来て食べるほどのインパクトは感じないのだ。ホンオ、皆、大袈裟に言い過ぎなのではないか?

だが、未だ終わりではない。というか、これからが本番だった。締めにホンオのチム(蒸し料理)を頼んだ。大皿に葱・人参・韮が入っており、遠目には普通の魚の蒸し料理に見える。だが、スプーン1杯分の塊を取って口に入れると強烈。湯気と一緒に、アンモニアスパークリングがジュワーッと口から喉、鼻と呼吸器に充満するのだ。飲み込んでも胃から臭気が逆流してくるので、急いでマッコルリを流し込む。「何じゃこりゃ!?」。こんな食べ物あるのか? どうしてこんなものを食べようと思うのか? 俄然面白くなり、2回目は思い切ってガバッと大量に掬って、口に放り込んだ。すると、大変なことが起きた。舌と口腔内へビリビリと電気が走り、直後、それは塩酸でもぶっかけられたような全面的な衝撃となって、口全体が焼け爛れていくような感覚に陥った。「うわっ!」。火傷した時の習性で、新鮮な空気を入れるべく口を開いたら…“ドカーン!”ときた。入ってきたのは、空気じゃなくて毒ガスだった。そう、ホンオを口に入れたまま呼吸するのはタブーなのだ。目に星が飛んだ。ちょっと貧血っぽくなって焦ったが、口を開けるともっと悲惨なことになるので、必死で堪えて何とか飲み込んだ。「はぁ…」。何て恐ろしい食い物だろう。未だ口が痺れているし、頭も痛くなってきた。ところが、また暫く間を置くと、何となくスプーンがホンオに伸びている。あんなに激烈に不味いのに、一体何故だろう? まるで、自分がホンオに支配されつつあるような、アンモニアスパークリング人間と化しているような、不気味で倒錯的な魅力を感じてしまったのだった。


高野秀行(たかの・ひでゆき) ノンフィクション作家。1966年、東京都生まれ。早稲田大学第1文学部仏文科卒。『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)・『アジア未知動物紀行』(講談社文庫)・『世界のシワに夢を見ろ!』(小学館文庫)等著書多数。


キャプチャ  2017年4月13日号掲載
スポンサーサイト

テーマ : 海外旅行
ジャンル : 旅行

轮廓

George Clooney

Author:George Clooney

最新文章
档案
分类
计数器
排名

FC2Blog Ranking

广告
搜索
RSS链接
链接
QR码
QR