【オトナの形を語ろう】(22) 喧嘩は一度逃げたら逃げ続けなければならない

子供の頃、喧嘩をすることが怖くて仕方なかった。私は身体が小さく(※クラスで1~2番目のチビだった)、ひ弱だった。それでも様々な事情があって、喧嘩をどう切り抜けるかを考えざるを得なかった。1つは、私の生まれ育った家・出自もあった。生まれた時から差別を受ける立場にあった。差別を受けても、泣いたり、謝ったり、それで許してもらえるなら、私はそうしたかもしれない。幸か不幸か、私の父親が、たとえ子供の喧嘩であれ、ベソをかいて、喧嘩に負けて、帰ることを許さなかった。否応なしに、私は立ち向かわねばならなかった。相手が同級生ならまだしも、大半が年上の連中だった。子供の時の、3歳・4歳の差は大したものだった。その上、相手は数人で私を打ちのめすのが常だった。負けておめおめと家に戻れば、父に叱責される。その時、子供心に考えたのは、「この家を出てしまおう」ということだった。「どこか他所の土地で生きて行けばいいのだ」と思った。学校はどうするのかって? 学校など、その時はどうでもよかった。町を歩いているだけでやられるのだから、「学校などどうでもいい」と考えるのは当たり前である。

それでも逃げなかったのは、私が家の長男であり、弟や妹がいたからである。「次は彼らがやられる」と思ったし、当然、そうなった筈だ。私は自分の心境を、家にいた1人の男に話した。すると、男は言った。「逃げるのも1つのやり方でしょう。けど、一度逃げたらずっと逃げなきゃなりませんよ。相手の言うことを聞いて、子分同然になれば、それで済むかもしれませんが、一度ペコペコしたら、それから先ずっとそれをしなきゃなりません。相手はどんどんおかしなことをさせようとしますよ。そんなことはないと思うでしょうが、人間というものは、一度でも『弱い者を好き勝手に動かせる』と思ったら、たとえ子供やガキでもやりたい放題をする生きものです」「じゃあ、どうすればいいの?」「向かって行くんですね。それしかないでしょう。向かって来るとわかれば、相手もそれなりのやり方をします」「どういうこと?」「二度と向かって来ないようにしようとするでしょうね」「それじゃあ、今よりもっと大変じゃないの?」「そうかもしれませんが、一度や二度やられても、三度・四度と向かって行けばいいんですよ」「そうすればどうなるの?」「それは向かって行けばわかることです。弱い者にそんなことをする奴は、たいした奴じゃありませんから」「本当に?」「本当です」。子供の私は、「大した奴ではない」という言葉を信じて、「どうすれば相手を倒せるか?」を考え、子供なりに身体を鍛え始めた。

私が家の裏地で、電信柱やドラム缶相手に身体をぶつけることをしていると、家の他の若衆がそれを見て、「おや、喧嘩の稽古ですか? ひとつ教えましょうか?」。私が頷くと、その若衆は言った。「相手が何人だろうと、いざ喧嘩が始まれば、一番強いのがどいつかを見極めることです。先ず、そいつを倒すことだけを考えるんです」「どんな風に?」「“殺してやる”って気持ちでやらなきゃダメです」「それじゃ、人殺しになって捕まってしまうんじゃないの?」「そんな後のことを考えてちゃ、喧嘩になりません。3つ・4つ歳が上と言っても、ガキはガキですから、先ずは血を流させてやることです」「血?」「そうです。相手の目と鼻に向かって、思いっ切り頭から突っ込むんです…」「他には?」「相手の数が多いんなら、その一番強い奴が1人になるまでじっと待つんです。1人になった時を狙ってやるんです。二度と立てないようにしてやるんです」。実際、喧嘩が始まると、小学校の4・5年生が1人で中学生に立ち向かうのは大変だったが、いざ向かって行くと、それは所詮、子供の、ガキの喧嘩でしかなかった。確かに、お互いが血を見ることになったが、意外とあっさりケリがついた。ところが、その喧嘩が思わぬことを呼んだ。親同士が出て揉め事になった。父親が相手の親に怒鳴った。「息子も命懸けでやったんだろう。こっちも命懸けでやるぞ」 【続く】


伊集院静(いじゅういん・しずか) 本名は西山忠来。作家・作詞家・在日コリアン2世。1950年、山口県生まれ。立教大学文学部日本文学科卒業後、『電通』に入社。CMディレクター等を経て、1981年に作家デビュー。『愚者よ、お前がいなくなって淋しくてたまらない』(集英社)・『大人の男の遊び方』(双葉社)・『無頼のススメ』(新潮新書)等著書多数。近著に『旅人よ どの街で死ぬか。 男の美眺』(集英社)。


キャプチャ  2017年5月1日号掲載
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