【熊本地震1年・教訓と課題】(下) 問われる自治体“愛援力”

20170425 07
熊本地震で熊本県内に派遣された全国の自治体職員は、延べ10万人を超える。被災地に駆けつけた応援職員の力を如何に生かすか。被災自治体の“受援力”が問われた災害だった。『九州地方知事会』は2011年10月、被災した県からの支援要望を別の県が集約して応援態勢を決める“カウンターパート方式”を導入。初めて運用された今回は、大分県が窓口となり、全国の応援職員を被災自治体に振り分けた。ただ、受け入れ側の熊本県内の自治体は混乱していた。応援職員に的確な業務指示を出せず、災害対応に詳しい職員が、避難所での配食やトイレ掃除等で派遣期間を終えるケースもあった。東北のある自治体は「応援職員が増え過ぎると混乱に拍車をかける」として、熊本への派遣を途中で取り止めた。蒲島郁夫知事は、「物凄い勢いで支援の申し込みがあった。だが、我々が円滑に受け入れることができなかった」と、受援態勢の不十分さを反省点に挙げる。昨年4月16日の本震で震度7を観測した西原村。村の行政職員約60人に対し、避難所に身を寄せた被災者は最大時で約1800人に上った。職員の殆どは、6ヵ所の避難所で被災者対応に追われた。

本震1週間後に村に入った宮城県東松島市職員の小野弘行さん(64)は、「現場対応に忙殺され、対策本部に必要な情報が集まっていない」と感じた。東日本大震災で市災害対策本部の運営責任者を務めた経験を基に、職員配置の見直しを村に提案した。村はこれを受け、道路・水道復旧や支援物資の管理等、業務毎に職員を10班に振り分けた。経験が必要な家屋被害判定は、東日本大震災で被災した宮城県内の自治体職員が村職員とチームを組んだ。住民に避難所運営の一部を委ね、瓦礫の集積にも臨時雇用した。同村震災復興推進室の吉井誠さん(47)は、「何が起きたのか、何をすればよいのか、職員全員が手探りだった。東松島市は、暗闇の中で進むべき道を照らしてくれた」と振り返る。先月28日、約11ヵ月ぶりに村を訪れた小野さんは、仮設団地等を巡り、「順調に復興に向かいつつある」と何度も頷いた。政府の中央防災会議の作業部会は昨年12月、熊本地震を踏まえ、「受援を想定した体制整備の検討を進めるべきだ」と提言。内閣府は先月、受援計画を策定する為の指針を公表した。指針では、自治体がどの業務にどれだけの人員等が必要なのかを事前に整理するよう求め、災害時には支援・受援双方の自治体が窓口を一本化して連絡調整する。甚大な被害で行政機能が停止した場合には、災害対応の指揮を支援側に委ねる手法も紹介した。読売新聞の調べでは、受援計画を策定している都道府県は、先月末時点で23道府県に留まる。熊本県は策定中だ。受援に関する共著がある元関西学院大学非常勤講師の桜井誠一氏(災害情報・元神戸市生活再建本部次長)は訴える。「受援計画は自治体の防災力を高める。時間をかけて完璧な計画にしようとせず、先ずは作ってみて、必要に応じて修正していけばよい」。 (古野誠)

20170425 08
米や水、紙おむつ…。災害に備えた物資が山積みになった熊本市中央区の向山校区の防災備蓄倉庫。校区まちづくり委員会副会長の野間口寿子さん(59)は今月9日、物資の確認を終え、住民約10人に呼びかけた。「これからも“でくるしこ”の精神で助け合っていきましょう」。“でくるしこ”は、熊本の方言で“できる範囲で”の意味。野間口さんは熊本地震で避難所運営を経験し、住民同士が助け合う“共助”の大切さを再確認した。同市では、昨年4月16日に起きた本震で震度6強を観測した。校区内にある江南中学校には、約2000人が逃げ込んだ。体育館から人が溢れ、校庭には車中泊の車が並んだ。同中は指定避難所だったが、常駐した市職員は僅か1人だけ。野間口さんら住民が運営を担うことになった。食料は飲食店主や農家が持ち寄ったが、困ったのが水だった。学校には給水車が派遣されず、住民同士でペットボトルの水を分け合った。“のみ水ください”。子供たちは運動場に石灰で白線を引き、上空を飛び交う報道機関等のへリコプターに助けを求めた。その様子が全国に伝わり、水や食料が届くようになった。避難所閉鎖まで約3週間。「他に被害が大きなところがある。行政を当てにはできない」。野間口さんはそう考えて過ごした。

熊本市の地域防災計画は、災害時の避難者を最大5万8000人と想定していたが、実際には想定の倍近くに膨らんだ。団地の集会所や刑務所敷地にも人が駆け込み、市は83ヵ所を臨時で避難所に指定した。被災者対応に当たる職員が足りず、動植物園の飼育員も駆り出された。市は今月10日、避難所開設・運営マニュアルの素案を公表。大規模災害時の避難所運営について、「地域団体や避難者が中心になって行う」という方針を示した。兵庫県立大学大学院減災復興政策研究科の阪本真由美准教授(防災学)は、「被災者は、行政の支援を受けるだけの“お客様”になりがちだ。行政の限界を受け入れ、住民側も備えることが重要だ」と指摘する。本震で震度7を観測し、約700人が避難した熊本県西原村の河原小学校。同村の税務課長だった堀田直孝さん(55)は本震直後、体育館のステージで声を張り上げた。「村職員は少ない。村の支援はあてにせず、自分たちで乗り越えよう」。堀田さんは村役場の防災担当を務めた経験があり、約10年前、地震に備えて地元住民約200人分の名簿を作成。其々の職業や職歴をリスト化していた。避難所ではリストを基に、看護師の資格を持つ女性を中心にした“救護班”を編成。保健室からべッドや薬を運び出し、体育館の一角に救護室を設けた。調理師や元飲食店員は“炊き出し班”。住民が持ち寄った食材を調理し、温かい食事を提供した。他の住民も、「役に立ちたい」と自主的に動き出した。保育士の女性は、小さな子供を集めて世話を始め、小学生らは避難所の掃除や支援物資の仕分けを担当した。マッサージやカウンセリングをする人も現れた。“見せてやろう! 河原の底力!”。河原小学校の体育館にある“がんばろう! 河原!”の横断幕には、1年前の住民たちの決意が手書きされている。堀田さんは実感する。「住民だけで何ができるのか。それを事前に把握しておくことが大事だ。住民自治が機能すれば、行政の支援もスムーズに受け入れられる」。 (有馬友則)


⦿読売新聞 2017年4月13日付掲載⦿




スポンサーサイト

テーマ : 地震・天災・自然災害
ジャンル : ニュース

轮廓

George Clooney

Author:George Clooney

最新文章
档案
分类
计数器
排名

FC2Blog Ranking

搜索
RSS链接
链接
QR码
QR