【「佳く生きる」為の処方箋】(49) 外科医の引き際

数年前から、“引き際”について考えるようになりました。若い頃は「外科医がメスを握っていられるのは55歳くらいまで」と思っていましたが、いざその年齢に達してみると、思い通りに手術はできるし、「まだまだ成長している」という手応えもありました。唯一気になっていたのは老眼ですが、それも遠近両用の二重焦点コンタクトレンズを用いることで、一気に克服しました。そうして天皇陛下の手術を執刀させて頂いたのが56歳の時。自ら思い込んでいた“外科医55歳限界説”は、いとも簡単に崩れ落ちた訳です。現在、61歳ですが、院長職も兼務しながら、年間400件ほどの手術を手がけています。まさか、この年齢でこれだけの手術をすることになるとは、若い頃には想像もしませんでした。ただ、そうはいっても、いつか外科医を辞める日はやって来ます。その日をどのように迎えるか。最近はそれを折に触れて考えるようになったのです。本音を言うと、今の自分の中では、「もっと外科医を続けたい」という気持ちと、「もうそろそろ外科医を辞めることを真剣に考えてもいいのかもしれない」という気持ちが綱引きをしています。天皇陛下の手術をした直後、ある先輩医師から言われました。「外科医として、これ以上名誉なことはない。ここでスパッと辞めて、他の道に進むのもよいのではないか?」と。この時は全くそんなつもりはありませんでしたが、病院長となって2期日の今は管理責任も増して、外科医としての時間的制約を受けざるを得なくなりました。

手術は、私にとって生きることそのものだと言っても過言ではありません。どんなに心配事やストレスを抱えていても、手術室に入れば全部忘れて、目の前の心臓を治すことに集中できます。休日にゴルフをしていても、「あっ、この展開は手術に生かせる」等と手術に関連付けて考えることも度々です。要は、頭から手術が離れないのです。これは裏を返すと、「自分から手術を引き算するとゼロになってしまうのではないか…」という不安にも繋がってきます。そんな風に思い巡らせていた折、ある方と出会いました。脳神経外科医の福島孝徳先生です。福島先生は独自の手術法を開発してアメリカに渡り、“ゴッドハンド”として賞賛され続けてきました。74歳になった現在も世界各国を回り、精力的に手術をされています。マスコミにもよく取り上げられていますから、ご存知の方も多いでしょう。実際にお会いして、圧倒されました。兎に角、手術への情熱も含め、“神って”いるのです。私よりもキャリアはずっと上ですが、今も患者さんや家族に直接手術の説明をしたり、励ましたり、また「少しでも手術がやり易いように」と、自ら医療機器の改良にも携わったりしています。その福島先生に、こんなことを言われました。「私は今、天野先生と同年齢くらいのつもりで仕事をしています。天野先生のほうは今、私の40代半ばと同じくらいの仕事をされている。まだまだこれからです」。正直、福島先生の前では自分は“凡人”だと思いました。外科医としての引き際を考えていたそのタイミングで福島先生に出会った意味を今、考えています。患者さんと正面から向き合い、手術で病気を治す。そういう外科医の仕事が、福島先生は本当に好きなのでしょう。それは私とて同じです。「このままでは終われない、まだまだ自分が外科医として役に立てる場所はある筈だ」――そんな熱い思いが蘇ってきています。アジアの心臓外科医療発展への貢献も含め、将来図を思い描いているところです。 =おわり


天野篤(あまの・あつし) 心臓外科医・『順天堂医院』院長。1955年、埼玉県生まれ。日本大学医学部卒。『亀田総合病院』『新東京病院』等を経て、2002年に順天堂大学医学部心臓血管外科教授に就任。2012年2月18日に天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀。2016年4月より現職。著書に『一途一心、命をつなぐ』(飛鳥新社)・『この道を生きる、心臓外科ひとすじ』(NHK出版新書)等。


キャプチャ  2017年4月27日号掲載
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