【管見妄語】 忘却の世界史

3月まで愚にもつかない豊洲移転や森友学園等に熱を入れていたメディアが、4月に入るとシリアと北朝鮮一色となった。4月初めにアメリカは、「シリアのアサド政権がサリンを用い、市民、とりわけ子供まで殺している」という人道上の理由で、トマホークにより攻撃した。理由の真偽は不明だ。アメリカは「イラクが大量破壊兵器を隠している」というデマをでっち上げ、イラクに侵攻し、サダム・フセイン大統領を殺害した前科がある。たとえサリンが使われたとしても、アサド政権の仕業かどうかはわからない。アメリカは自作自演の大家でもあるからだ。例えば、ベトナム戦争で北べトナムへの本格的空爆を始める為、「アメリカの駆逐艦が北ベトナムによる魚雷攻撃を受けた」とでっち上げた。英語が国際語となってから、英米メディアの発信力が理不尽なほど圧倒的となっていて、我が国のメディアはこれらを鵜呑みにして伝えがちだ。清廉で穏やかな眼科医という評判のアサド大統領を、フセイン大統領やリビアのカダフィ大佐と同様、悪の象徴にしてしまった。今、アメリカはテロとの戦いと称し、イスラム過激派組織『IS(イスラミックステート)』を叩いているが、抑々ISは、2003年のイラク戦争でフセイン大統領を追放した為に始まった、シーア派とスンニ派との内戦の中で生まれたものだ。フセインは巧く両派の確執を抑えていたから、アメリカの介入により、イラク国民は長く辛酸を舐めることとなった。2010年からの『アラブの春』と言われる民主化運動だって、欧米が政権を倒す為に画策したものだった。その結果、北アフリカや中近東の多くの国で独裁政権が倒されたが、殆どの国は未だ混乱の坩堝にある。“名宰相”カダフィを殺した為、福祉国家のリビアは今も内戦中だ。シリア内戦もその1つだから、EUを分断することとなった大量移民は、EUの自業自得と言えるものなのだ。

欧米によるアラブの春は、独裁者の下で見事に治まっていた地に、血で血を洗う抗争を齎したのである。抑々、ここ100年のパレスチナを含む中近東の混乱は、ほぼ全て第1次世界大戦中のイギリスの“三枚舌外交”に端を発し、それを継いだアメリカの介入により悪化したものだ。アラブ人はそれを忘れていない。メディアは、「アメリカによる北朝鮮への攻撃が今にも始まりそう」と言い立てる。評論家や学者たちがメディアに登場し、危機感を煽る。異口同音に、「アメリカにとって、アメリカ大陸に届く核ミサイルの完成がレッドラインであり、その前に北朝鮮を叩く」と言う。まるでアメリカ政府の広報機関のようだ。確かにアメリカにとって、金正恩の如き“狂犬”がニューヨークに核ミサイルの照準を定めたとしたら悪夢だが、我が国にとってはあくまで二義的なことだ。最も重要な事実は、「“狂犬”の核ミサイルが既に日本の大都市やアメリカ軍基地に照準を合わせていて、アメリカ軍の強力な攻撃を以てしても、発射能力を一気に壊滅できない」ということだ。「東京に撃ちこまれれば、100万人を超える死傷者が出る」と言われている。我が国のレッドラインはとっくに越えている。日本は、アメリカ軍による北朝鮮攻撃を、文字通り命がけで止めさせなければならないのだ。ここ100年、欧米による海外介入はほぼ常に失敗し、その後の混乱を惹起してきた。頭には国益しかないからだ。とりわけアメリカは、介入前に美辞麗句を振り翳す。20世紀初頭までは“文明化”によりインディアンを虐殺し、西部諸州をメキシコから強奪し、ハワイやフィリピンを侵略した。第2次世界大戦頃からは、自由・平等・民主主義・人道等を理由に世界中に干渉する。これらが無意味な言葉であることは、既に10年前に拙著『国家の品格』で述べた。なのに我がメディアは、今やグローバリズム正当化の合言葉でしかないこれらを、金科玉条の如く奉っている。アメリカが人道的見地から、狂犬ですらしないことを広島と長崎になしたことさえ忘れているようだ。


藤原正彦(ふじわら・まさひこ) 数学者・お茶の水女子大学名誉教授。1943年、満州国生まれ。東京大学理学部数学科卒。同大学院理学系研究科修士課程数学専攻修了。ミシガン大学研究員・コロラド大学ボルダー校助教授等を経て現職。著書に『藤原正彦の人生案内』(中央公論新社)・『この国のけじめ』(文藝春秋)等。


キャプチャ  2017年4月27日号掲載
スポンサーサイト

テーマ : 国際問題
ジャンル : 政治・経済

轮廓

George Clooney

Author:George Clooney

最新文章
档案
分类
计数器
排名

FC2Blog Ranking

搜索
RSS链接
链接
QR码
QR