【Deep Insight】(09) アベノミクス、危機の足音

世が世ならば、日本は今、消費税の話題で溢れていた。2017年4月1日に予定した税率10%への引き上げを、安倍晋三首相が2年半延期すると表明したのは昨年6月。10ヵ月前のことだ。首相が増税再延期の理由とした“世界経済の下振れリスク”は杞憂だった。企業の景況感は4年ぶりに、先進国と新興国で同時に改善傾向を示す。日本の2月の完全失業率は2.8%と、22年ぶりの低水準にある。翌月の参院選で与党は大勝し、負担増の先送りは民意の支持となった。二度あることは三度ある。「2019年10月の増税も延期になる」との見方がじわじわと広がっている。筆者が深く懸念するのは、増税延期を境に、将来世代を思って中期的に財政や社会保障を立て直す機運が、日本の中で大幅に後退したように思えることだ。長期政権を謳歌する安倍内閣が、『アベノミクス』という看板の下に、短期志向の政策を積み重ねる。その構図に国全体が慣れ、近未来の困難に鈍感になっている。アベノミクスに“危機感の欠如”という危機が静かに迫っている。『経済同友会』が出した今年の年頭見解を読んで、「おやっ?」と思った。構造改革・生産性の革新・自由貿易体制の拡充と大事なテーマが並ぶが、財政問題は「経済成長と財政健全化の同時達成路線」と末尾にさらりと触れただけだ。同友会は2015年、消費税率を段階的に17%に上げ、社会保障費を毎年5000億円削減する提言を出した。小林喜光代表幹事は昨春、「増税延期はポピュリズム(大衆迎合)の一種」と明言した。「安倍政権に是々非々で臨む同友会にしては大人し過ぎるのでは?」。こう小林氏に質すと、こんな答えが返ってきた。「聞く耳を持たないのだから、同じことを繰り返しても仕方がない」。“諦め感”は、財務省や財政制度等審議会の関係者にも共通だ。長期金利を0%前後に留める『日本銀行』の金融緩和で、政府の利払いが軽くなり、「借金が巨額でも財政が悪化しない姿が描けてしまう」というのだ。『国際通貨基金(IMF)』によると、今年の日本の長期債務は国内総生産(GDP)の253%。2020年度に基礎的財政収支を黒字(※税収と税外収入で政策経費を賄う状態)にする財政健全化計画は、アベノミクスの果実の筈の税収の不振で達成に暗雲が垂れ込める。一方、内閣府が試算する債務残高のGDPに対する比率は、「実質2%の経済成長が続く」という強気の前提の下で、当面は下がっていく。安倍首相ら閣僚は、こちらの“成果”を強調する。

首相ブレーンが支持する“2%の物価上昇まで消費増税を凍結”というノーベル賞学者の勧めが、増税の再々延期の観測を高めている。こんな繰り返しでいいのか? 経済活性化を後押しするアベノミクスの方向性は否定しない。残業時間の上限規制や『同一労働同一賃金』の働き方改革も未だ入り口だが、緒に就いた。岩盤規制・地方創生・1億総活躍――。安倍政権は、短期での前進を訴えるのが巧い。だが、逆風を承知で中長期の構造改革を進めようとする発想には、決定的に乏しい。筆頭に社会保障の改革がある。今年度予算で、介護の自己負担引き上げや所得の多い高齢者の医療費負担の増額等、一部の見直しは進んだが、根本的に給付や負担を改革する議論は不発だ。残された時間は驚くほど少ない。日本には3つの“2020年問題”が控えている。1つは高齢化の圧力だ。2020年代前半には、戦後のベビーブーム生まれの団塊世代が75歳以上に達し、社会保障の支出が急速に膨らむ。第2に東京オリンピック・パラリンピック前後の波だ。消費や建設需要の反動減に加え、日本を取り巻く高揚感の後退で、海外投資家が日本の構造問題に関心を移す可能性がある。対比したくはないが、ギリシャの長い苦境は、2004年の夏季オリンピックを境に始まった。3番目に、黒田東彦総裁の下で日銀が進めた異次元金融緩和の“手仕舞い”が非常にきつくなる。発行残高の4割の国債を持つ日銀は、年70兆~80兆円のペースで長期国債を買い続けている。成長期待でアメリカやヨーロッパの金利が上昇し、圧力が日本にも及べば、日銀はゼロ金利維持へ更に強力な買い取りを迫られる。「今夏にも買い入れの限界を迎える」(『日本経済研究センター』)との予測もある。短期国債は、日銀保有を除く9割を海外勢が持ち、中期の国債にも保有が広がる。格付け会社『フィッチ』の日本国債格付けは“シングルA”。2段階の格下げで、投資適格では最低の水準になる。増税延期や日銀緩和の限界論が、海外勢の売り要因として浮上する。次の増税の有無は、2019年度予算編成で結論を出す必要がある。あと1年半後だ。増税論議との重複を避けながら、腰の据えた社会保障改革を考えるなら、今年度に協議を始める必要がある。昨年初に本格的な議論を始めた働き方改革の実現は2019年度。着手の先送りは、将来世代を一段と苦しくする。2012年に民主党(※現在の民進党)・自民党・公明党が結んだ“社会保障と税の一体改革”を巡る3党合意は、増税延期で塩漬け状態だ。今や、当時を超えた骨太な社会保障改革を探るのが本来の姿だ。学校法人と首相の関係を巡る国会攻防が続き、景気も程々堅調だ。桜の季節、微温的な空気の流れる日本だが、厳しい時間との勝負は背後で進行している。 (本社コメンテーター 菅野幹雄)


⦿日本経済新聞 2017年4月5日付掲載⦿
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