【中外時評】 社会保険料という名の税

アメリカのロナルド・レーガン大統領は嘗て、消費税の導入論にこんな理由で反対したという。「人々が知らぬ間に税率が静かに上がってしまう恐れがある」。その裏には、導入が早かったヨーロッパでは、税率があれよあれよという間に上がり、政府の肥大化を許してしまったという認識があった。日本では考えられない話である。消費税率を上げようとすれば世の中をあげて大騒ぎになり、容易に実現しない。だが、知らぬ間に静かに、しかも着実に上がり続けている“税”が日本にもある。“社会保険料”という名の税だ。従業員が払う社会保険料率は今年、給与の15%近くに達し、10年で2割以上増える見通し。賃金が原資という点では、社会保険料も税も同じだ。アメリカは高齢者医療や年金の財源を、“給与税”と呼ぶ税で賄う。勿論、社会保険は保険料という負担に見合う形で医療や年金給付を受けられる仕組みで、政策目的で徴収される税とは本来別物だ。だが、保険料の性格は次第に税に近付きつつある。典型が健康保険料だ。料率が毎年上がっている主因は、健保組合員の医療費とは直接関係ない高齢者医療への支援金が増えていることにある。『健康保険組合連合会』の最近の発表では、今年度に従業員が払う保険料収入の44.5%が高齢者医療への支援金に充てられる。比率が5割を超す組合も約4分の1に達する。支援金は高齢化の加速に伴い、一段と膨らむ見通しだ。健康管理努力で組合員の医療費と保険料を抑えようとしても、焼け石に水。保険料率は限りなく上昇する恐れがある。一橋大学の佐藤主光教授は、「このままでは健保組合は持たない」とし、「支援金は高齢者への所得の再配分であり、本来は税金で賄うのが筋。組合員の為の保険料という看板を掲げて勤労者に負担を押しつけるのは不公平」と語る。

増税はできないが、保険料の引き上げなら抵抗は少ないから、これを活用すればいい――。そんなやり繰りは限界にきている。税と社会保険料の在り方をセットで考え、日本の社会保障が直面する課題に応える道を探る必要がある。課題は2つある。1つは、高齢化等に伴う医療費の膨張を抑えつつ、どうその経費を賄うか。2つ目は、社会保障の仕組みを“現役層が高齢層を支える”形から、“年齢に関係なく真に困っている人を困っていない人が支える”仕組みに転換していくことだ。医療費の抑制には、国の努力に加え、国民健康保険の運営主体になる都道府県等が医療効率化へ動くよう促す仕組みを作ることが欠かせない。改革は始まろうとしているが、「責任の所在が曖昧なままで、道は険しい」との声も専門家の間では多い。高齢者医療費については、支払い能力がある高齢者にもっと負担してもらう以外は、国民全体で広く薄く負担するしかない。増える費用の大きさも考えれば、消費増税がやはり第一の選択肢になろう。一方、佐藤教授は「健保の保険料の内、高齢者医療支援に充てている分は、金融所得等に課税ベースを広げた社会連帯税に転換すべきだ」と指摘する。真に困っている人を支える仕組みは、どう作るか。「保険料頼みのままだと、低所得労働者が豊かな高齢者を支える逆の再配分さえ起きる」と言うのは、中央大学の森信茂樹教授。「給付付きの勤労税額控除の導入によって事実上、保険料負担を軽減する仕組みや、豊かな年金受給者の課税強化等が必要だ」と説く。『日本総研』の西沢和彦主席研究員は、「誰がどの程度困っているのかを把握する行政インフラが整っていない問題がある」と指摘する。税務当局・市町村・『日本年金機構』等の間の情報共有化が必須だ。何れにせよ、税と社会保険料を同じ土俵に載せた制度設計が欠かせないが、現実には税は『税制調査会』、保険料は『社会保障審議会』といった縦割りを超えた議論は進まない。このままでは、ほぼ自動的に“賃金税”としての保険料が増えて、勤労者の手取り収入が減ったり、借金という形で将来世代にツケが回ったりするだけだ。それを見て見ぬふりをするなら、政治の責任放棄と言われても仕方あるまい。 (上級論説委員 実哲也)


⦿日本経済新聞 2017年4月27日付掲載⦿
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