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【WORLD VIEW】(60) 綺麗な環境、犠牲の上に



EUは2050年までに温室効果ガス排出量を実質ゼロにする目標を立てている。だが、その達成の為に必要な過程が、それほど綺麗なものではないことを、欧州各国の市民は実感し始めている。リチウムやコバルト等のレアメタル(※希少金属)は、電気自動車(※EV)の電池等に使う。EUは地球温暖化対策の一環としてEVの普及拡大を目指しており、こうした原材料の調達が不可欠となる。EUが促進する風力発電の発電機に使う永久磁石も、レアアース(※希土類)が原材料だ。希少金属や希土類は地球環境を良くするのに貢献する。これは、謂わば綺麗な表の顔だ。地球温暖化対策が世界で進むのに合わせ、リチウムの需要は2050年までに世界で57倍に増加し、永久磁石に使う希土類の需要も5.5倍に達すると予想される。一方で、希少金属や希土類には環境に悪影響を与える裏の顔がある。採掘や精製過程で有害物質を排出したり、採掘過程で使用する化学物質が地下水を汚染したりすることがある。また、採掘時に大量の水を使用し、農業用水や飲料水を減少させることもある。だが、こうした裏の顔は、欧州の市民に殆ど意識されてこなかった。何故か。希少金属や希土類が採掘、精製されるのは、これまで殆どが欧州から遠く離れた地域だったからだ。リチウムではオーストラリア、チリ、中国の3国が世界の産出量の8割以上を、コバルトではコンゴ民主共和国が約6割を占める。永久磁石に使う希土類のほぼ全ての精製や、リチウムの精製の8~9割は中国が担う。ベルギーのシンクタンク『ブリューゲル』の研究者、マリ・ルムエル氏は「中国は政策として環境規制より重要原材料の採掘、精製の拡大を優先してきた。環境規制が甘い分、価格が安く、世界が中国に依存する一因となった」と分析する。

EUの域内にも量は多くないものの、希少金属や希土類はある。だが、EUは負の側面を遠く離れた国に任せ、恩恵だけを受けてきた。この状況にいつまでも甘んじられるわけではないと教えたのは、新型コロナウイルスとロシアだった。EUは新型コロナウイルスの感染拡大による供給網の寸断と、天然ガス輸入の4割を依存してきたロシアによるウクライナ侵攻を目の当たりにし、重要資源を特定の国に依存するリスクを思い知らされた。希少金属や希土類を獲得するルートを多様化し、可能な限り域内で採掘、精製しなければならないという危機感が増した。そこから生まれたのが、EUの執行機関である欧州委員会が3月に公表した重要原材料法案だ。念頭には主に中国がある。法案では、EUが年間に消費する重要な原材料の10%以上を域内で採掘、40%以上を域内で加工、15%以上を域内で再利用し、加工過程で65%以上を第三国に依存しないことを2030年までの目標とする。域内、域外での環境保護への努力も強める。原材料の産出国とのパートナーシップを強化し、インフラ投資を行なうこと等も想定する。何れも、希少金属や希土類の汚れた側面へのEUの関与を強める方向性を示している。だが、それは当然、痛みを伴う。環境を守る為の政策が、そのプロセスで環境を害する矛盾。欧州の取材でそれを強く感じたのは、昨秋訪れたセルビアだった。EU加盟国ではないセルビアには、EUの厳格な環境規制は適用されない。イギリスの豪資源大手『リオティント』は2004年、首都ベオグラードから南西へ100㎞の農業地帯でリチウム鉱脈を発見。欧州でのEV市場の拡大を念頭に開発に着手した。EUもセルビアを鉱物資源の供給網に入れる重要性を認識しており、開発に期待を寄せていた。

だが昨年、反対運動で計画は中止に追い込まれた。地元の研究者らの調査で、次々と環境へのリスクが明らかになったからだ。田園地帯に住む男性が、「政府や企業は自然の為、グリーンの為というが、緑は既にここにあるじゃないか」と憤ったのが印象に残る。EU域内ではポルトガルのリチウム鉱脈周辺でも、既に反対運動が起きており、域内での採掘や精製が拡大すれば、同様の動きが続出するのは必至だ。他にも課題はある。シンクタンク『ブリューゲル』のルムエル氏は、「EUが環境に配慮しながら域内で採掘、精製を増やし、調達先を多様化すれば、その原材料を使った製品はより高価になる。その為にEVの普及が遅れれば、地球温暖化対策に逆行する矛盾が生まれる」と語る。また、原材料産出国とのパートナーシップについては、「鉱物の採掘、精製には一定量のエネルギーが必要となり、化石燃料を使用した場合、温室効果ガス排出量を増やすリスクもある」と指摘する。重要鉱物を巡る議論は、資源小国の日本にとっても他人事ではない。今月21日まで広島市で開催されたG7サミットの首脳宣言にも、「責任と透明性のある重要鉱物サプライチェーンの構築の必要性を再確認する」と盛り込まれた。誰かが綺麗な環境を手にする為に、誰かの環境が犠牲になる。この世界の状況は、簡単には変わらない。欧州の環境保護団体『EEB』のディエゴ・マリン氏は「鉱物を採掘、精製する産業をクリーンで持続可能なものにするのは不可能だ」と語り、「資源国への依存や環境破壊を減らすには、エネルギーや鉱物の消費を如何に減らせるかが重要だ。EVを減らす為、公共交通機関を充実させることも一つの選択肢だ」と指摘する。希少金属や希土類を巡る議論は、地球温暖化対策が一筋縄ではいかない現実を世界に突きつけている。 (欧州総局長 宮川裕章)


キャプチャ  2023年5月28日付掲載
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テーマ : 環境・資源・エネルギー
ジャンル : 政治・経済

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