【Global Economy】(313) G7、政策立案の指標見直し…脱経済偏重で“幸福を追求”
今月11~13日に新潟市で開かれたG7財務大臣・中央銀行総裁会議で、“幸福の追求”が議論された。経済成長に限らず、様々な側面から幸福度を捉え、政策に生かそうとする動きが広がっている。 (編集委員 二階堂祥生)


G7で話し合う議題は、議長国の日本が設定した。金融システムの安定やウクライナへの支援といった喫緊の課題に加え、幸せを実現する為の政策をテーマにしたのは、GDPの成長が重要であることに変わりはないものの、それだけでは限界があるとの問題意識からだ。GDPは経済の大きさを測る指標として各国が重視しているが、無料のデジタルサービスや無償のボランティア等は反映されない。経済規模が大きくなっても環境が悪化したり、格差が拡大したりすれば、人々の幸せには繋がらない。G7では、GDPでは表すことのできない、多様な価値を重視した政策の在り方を巡って、意見が交わされた。今月13日に採択された共同声明では、「幸福をよりよく評価するための指標を、いかに実用的かつ効果的な方法で政策立案に組み込むか、検討する必要がある」との文言が盛り込まれた。幸福度を巡っては、影響を与える要因や測定方法等について、様々な研究が行なわれてきた。例えば、行動経済学の研究者でノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン氏は、年収が7万5000ドル(※約1000万円)に達するまでは金額が増えるほど人は幸せに感じるが、それを超えると軈て横這いになることを明らかにした(※①)。他方、既に多くの先進国や国際機関は、幸福度を表す指標を作っている。幸せの程度は主観的な感情である為、「最近の生活にどの程度満足していますか?」といったアンケート調査で測定。失業率や平均賃金等、幸福度と関係の深い統計データを組み合わせ、指標群(※ダッシュボード)として示すのが一般的だ。政策現場での動きは、2008年のリーマンショックの後に目立つようになった。「過度な利益の追求が経済危機を招いた」との反省から、“豊かさ”を見直す機運が高まった。


『経済協力開発機構(OECD)』は2011年、各国の生活の豊かさを示す“より良い暮らし指標”を作成した。国民生活に密接に関わる住居や仕事、健康等11項目で構成する。また、国連の研究組織は2012年以降、2014年を除いて国毎の幸福度を測定し、結果を『世界幸福度報告書』として公表している。測定では、アメリカ『ギャロップ』の世論調査をベースに“人生選択の自由さ”等を評価し、1人当たりGDPや健康寿命等6つの要素を基に数値化する。今年のランキングで、日本は137の国・地域のうち47位だった(※②)。これまでの順位を見ても40~60位台で推移しており、先進国では下位にある。上位に北欧諸国が目立つのは、毎年の傾向だ。尤も、このランキングには批判が多い。日本を始めアジア諸国では、人生に対する評価を聞かれて「普通」といった中間的な回答をすることが多く、個人主義的な傾向の強い欧米諸国に比べ、数値が高くなり難いとされる。幸福度の捉え方は、社会や文化によって異なるのが実情だ。幾つかの国は、幸福度指標を政策立案や評価に生かそうと取り組んでいる(※③)。イギリスでは2010年、当時のジェームズ・キャメロン首相が統計局に幸福度の計測方法を検討するよう指示。国民的な議論を踏まえ、データが整えられていった。現在は“人間関係”や“健康”等10分野で44の指標がある。生活満足度の1ポイントの変化は1万3000ポンド(※約220万円、中央値)に相当すると見做す等、主観的なデータの変化を金額換算する手法も開発しており、政策の費用対効果を議論したり、優先順位を付けたりするのに役立てられる。

ニュージーランドは、2019年度に政府予算を“ウェルビーイング(※幸福)予算”と名付け、国民の幸福度を重視する姿勢を明確にした。メンタルヘルス対策や子供の幸せ等、重点5分野を設定。ジャシンダ・アーダーン首相(※当時)は、「経済成長は重要だが、それだけでは生活水準の改善は保証されない」とした。政策の基礎となる指標群は幅広い。“個人と集団のウェルビーイング”等大きな3つのテーマの下、22分野を定め、更に分野毎に2~10の指標がある。政策によって関連する指標がどのように変化したか等を評価、分析している。日本では2019年、内閣府が国民の生活満足度を測る為の指標群を設定した。11分野で構成し、其々の質を測る為に3つの指標を選んでいる(※④)。東京都荒川区や岩手県等、住民の幸福度を調査している自治体もある。経済偏重で豊かになれるかという問いは古くからある。近年になって様々な指標が作られる以前から、GDPの問題点も指摘されていた。とはいえ、「幸せの感じ方は人其々で、幸福度は政策目標に馴染まない」との考えは根強い。どのように測定して活用するか、様々な現場で模索が続いているのが現状と言える。『SOMPOインスティチュートプラス』の岡島正泰主任研究員は、「幸福度を見える化することで、弱い部分への施策をより効果的に進められる。注目が高まっているのは歓迎すべきで、各国・地域が蓄えている知見を共有していく必要がある」と指摘する。
2023年5月26日付掲載


G7で話し合う議題は、議長国の日本が設定した。金融システムの安定やウクライナへの支援といった喫緊の課題に加え、幸せを実現する為の政策をテーマにしたのは、GDPの成長が重要であることに変わりはないものの、それだけでは限界があるとの問題意識からだ。GDPは経済の大きさを測る指標として各国が重視しているが、無料のデジタルサービスや無償のボランティア等は反映されない。経済規模が大きくなっても環境が悪化したり、格差が拡大したりすれば、人々の幸せには繋がらない。G7では、GDPでは表すことのできない、多様な価値を重視した政策の在り方を巡って、意見が交わされた。今月13日に採択された共同声明では、「幸福をよりよく評価するための指標を、いかに実用的かつ効果的な方法で政策立案に組み込むか、検討する必要がある」との文言が盛り込まれた。幸福度を巡っては、影響を与える要因や測定方法等について、様々な研究が行なわれてきた。例えば、行動経済学の研究者でノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン氏は、年収が7万5000ドル(※約1000万円)に達するまでは金額が増えるほど人は幸せに感じるが、それを超えると軈て横這いになることを明らかにした(※①)。他方、既に多くの先進国や国際機関は、幸福度を表す指標を作っている。幸せの程度は主観的な感情である為、「最近の生活にどの程度満足していますか?」といったアンケート調査で測定。失業率や平均賃金等、幸福度と関係の深い統計データを組み合わせ、指標群(※ダッシュボード)として示すのが一般的だ。政策現場での動きは、2008年のリーマンショックの後に目立つようになった。「過度な利益の追求が経済危機を招いた」との反省から、“豊かさ”を見直す機運が高まった。


『経済協力開発機構(OECD)』は2011年、各国の生活の豊かさを示す“より良い暮らし指標”を作成した。国民生活に密接に関わる住居や仕事、健康等11項目で構成する。また、国連の研究組織は2012年以降、2014年を除いて国毎の幸福度を測定し、結果を『世界幸福度報告書』として公表している。測定では、アメリカ『ギャロップ』の世論調査をベースに“人生選択の自由さ”等を評価し、1人当たりGDPや健康寿命等6つの要素を基に数値化する。今年のランキングで、日本は137の国・地域のうち47位だった(※②)。これまでの順位を見ても40~60位台で推移しており、先進国では下位にある。上位に北欧諸国が目立つのは、毎年の傾向だ。尤も、このランキングには批判が多い。日本を始めアジア諸国では、人生に対する評価を聞かれて「普通」といった中間的な回答をすることが多く、個人主義的な傾向の強い欧米諸国に比べ、数値が高くなり難いとされる。幸福度の捉え方は、社会や文化によって異なるのが実情だ。幾つかの国は、幸福度指標を政策立案や評価に生かそうと取り組んでいる(※③)。イギリスでは2010年、当時のジェームズ・キャメロン首相が統計局に幸福度の計測方法を検討するよう指示。国民的な議論を踏まえ、データが整えられていった。現在は“人間関係”や“健康”等10分野で44の指標がある。生活満足度の1ポイントの変化は1万3000ポンド(※約220万円、中央値)に相当すると見做す等、主観的なデータの変化を金額換算する手法も開発しており、政策の費用対効果を議論したり、優先順位を付けたりするのに役立てられる。

ニュージーランドは、2019年度に政府予算を“ウェルビーイング(※幸福)予算”と名付け、国民の幸福度を重視する姿勢を明確にした。メンタルヘルス対策や子供の幸せ等、重点5分野を設定。ジャシンダ・アーダーン首相(※当時)は、「経済成長は重要だが、それだけでは生活水準の改善は保証されない」とした。政策の基礎となる指標群は幅広い。“個人と集団のウェルビーイング”等大きな3つのテーマの下、22分野を定め、更に分野毎に2~10の指標がある。政策によって関連する指標がどのように変化したか等を評価、分析している。日本では2019年、内閣府が国民の生活満足度を測る為の指標群を設定した。11分野で構成し、其々の質を測る為に3つの指標を選んでいる(※④)。東京都荒川区や岩手県等、住民の幸福度を調査している自治体もある。経済偏重で豊かになれるかという問いは古くからある。近年になって様々な指標が作られる以前から、GDPの問題点も指摘されていた。とはいえ、「幸せの感じ方は人其々で、幸福度は政策目標に馴染まない」との考えは根強い。どのように測定して活用するか、様々な現場で模索が続いているのが現状と言える。『SOMPOインスティチュートプラス』の岡島正泰主任研究員は、「幸福度を見える化することで、弱い部分への施策をより効果的に進められる。注目が高まっているのは歓迎すべきで、各国・地域が蓄えている知見を共有していく必要がある」と指摘する。

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