「グリコ森永事件の真犯人と思える人はいるけど、本人からは絶対に言わないだろうね」――宮崎学氏(作家)インタビュー

「けいさつの あほどもえ」で始まる“かい人21面相”による関西弁の不敵な犯行声明が強烈なインパクトを残す『グリコ森永事件』。発生から30年を経ても尚、様々な憶測を呼ぶ食品メーカー恐喝事件である。1984年3月に発生した当時の『江崎グリコ』社長・江崎勝久氏の誘拐事件を端緒に、グリコや『森永製菓』を含む食品メーカー等が次々と多額の現金を強要されるという前代未聞の大事件であったが、犯人は今もわからない。全国の警察から延べ130万1000人の捜査員が動員され、35通の脅迫状と63通の警察への挑戦通告、そして600点の遺留品という膨大な証拠を残していたにも拘わらず、警察は犯人に振り回され続けたのである。当時、「現場に現れた“キツネ目の男”に似ている」と言われ、出身地も現場に近いことから、“重要参考人”と目されていた作家の宮崎学氏に、改めて事件について聞いた。 (聞き手/フリーライター 上野蓮)

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――グリコ森永事件は、かい人21面相による「けいさつの おまえらうそついたら あかんで うそはドロボーのはじまりや」等のちょっと面白いというか、大胆不敵な関西弁の犯行声明に日本中の警察官が振り回された挙げ句、犯人を捕まえられなかったという、今考えても凄い事件です。死者は出ておらず、とてもミステリアスですね。事件発覚当初は、どのように事件を見てましたか?
「私が疑われたのはモンタージュ画像公開の後ですから、最初は『関西弁の犯行声明が面白い』とか、そういう感想はありましたね。“誘拐する”を“さらう”と表現するとか、主に大阪の不良が使う言葉も興味深かったです。でも、そう思ったのは私だけではないでしょう。当時は警察官や元警察官による銀行強盗・殺人・多額の収賄等が多発して、国会でも問題になっていた時代です。そうした警察への不信感は、国民にもあったのだと思います」

――そのような時代背景もあったんですね。その後に現場に現れた“キツネ目の男”として宮崎さんは注目されることになりますが、どのような状況だったんですか?
「拙著“突破者 戦後史の陰を駆け抜けた50年”(南風社)に詳しく書いていますが、当時の女友だちの部屋に行ったら、『何をしたの? テレビに出てたわよ』って言われたのが始まりでした。本当に全く心当たりはなく、『テレビ? そんなもん知らねぇよ』という感じでしたね。警察は後に私に直接、アリバイを確認しに来ることになりますが、それだけではなく、友人や知人、住んでいたマンションの管理人、更には入院中の母にまで聞き込み捜査をしていました。これは愉快ではありませんよね。痛くもないハラを探られるのは嫌なものでした」

――モンタージュ画像に似ていただけではなく、犯罪の舞台の1つであった京都市伏見区の出身であったこと、普段から警察を揶揄うようなことをしていたこと等も、“疑惑”を生んだようですね。
「確かに、私は伏見で生まれ育って土地勘はあるし、ヤクザの息子ですから、ずっと警察に対してはいい感情を持っていません。なので、昔から地元の京都府警の捜査員をよく揶揄ったりはしていました。また、京都の不良仲間たちが冗談で、捜査員たちに『犯人はマナブに間違いない』等と言っていたこともあると思います」

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――でも、宮崎さんにはアリバイがありました。
「そうです。アリバイはちゃんとあったんです。これが無かったら危なかったかもしれません。刑事が聞いてきたのは、1984年6月にキツネ目の男を大阪府警の捜査員が旧国鉄の高槻駅で取り逃がした時のことです。3人で尾行したそうですが、職務質問できないまま見失っています。だいぶ後になって、当時の捜査員が新聞記者に『あの時は色んなことを考え過ぎて頭が一杯だった』と述懐していましたが、そんなものは言い訳にもなりません」

――そして、かなり後になって、当時の捜査員が「重要参考人とされた作家Mなど論外だった」と週刊誌に手記を公表しています。
「いい迷惑ですよね。勝手に犯人と決めつけて大騒ぎして、実は“論外だった”とは(笑)。あの頃の私は、別件逮捕も含めて、色々対策を考えなくてはなりませんでした。その間は仕事ができない訳です。逮捕や身柄拘束は、たとえ後で冤罪が証明されても、時間とカネの壮大な無駄を生みますから。でも、結論としては、疑われたことはよかったんです。『もう、地上げ屋を続けるのもしんどい』と思っていましたし、『死ぬ前に1冊くらいは自分の人生を振り返った本を書いておこう』と、何となく思って書いた本(※前出の『突破者』)がベストセラーになって、今でも物書きとしてやっていられるんですから。かい人21面相には感謝しています」

――物証も沢山あったのに何故、警察は犯人を捕まえることができなかったのでしょう? 警察庁広域重要指定事件として初の未解決事件となってしまいました。
「物証に囚われ過ぎていたし、抑々“船頭”が多過ぎました。広域指定となって、警察庁も捜査に口を出していたし、各県警本部長の足並みも揃っていませんでした。また、最初に述べたように、当時は警察官の不祥事がとても多く、警察官のサラ金の借金も問題になっていました。だから、身内と雖も信用できず、秘密主義が徹底されていたと聞いています。一方で、『逮捕はうちでやる』みたいな県警間の縄張り意識やセクト主義も強かったようです。そんなことでは真面な捜査などできませんよね。その証拠に、まんまと犯人を取り逃がしたのも1度や2度ではないのですから」

――犯人の狙いは何だったのでしょう?
「幾つかありましたが、想定の域を出ません。例えば株価操作説ですね。1984年1月時点で745円だったグリコ株は、社長誘拐・工場放火事件があった翌日の5月17日には598円にまで下がっています。この動きを事前に知っていれば、先に株を売って買い戻したり、自社株で買い取らせる手法で100億円近い利益が得られる可能性が指摘されていました。しかし、株なんて誰が売っているのか直ぐにわかってしまいます。犯罪なのですから、簡単に足がつくようなことはできないでしょう。また、身代金の問題も微妙ですよ。グリコの社長が誘拐された時には10億円の現金と金塊100㎏が要求されましたが、仮にグリコ側が出したとして、どうやって運ぶのでしょう? デパートやホテルにあるような大きな手提げの紙袋に札束を一杯入れて5000万円くらいですから、両手に紙袋を持った人が10人必要です。金塊も1人では10㎏が限度でしょうから、5㎏ずつ両手に持って、そこでも10人。合計20人が大きな袋を両手に持って走るとのは、漫画ならいいですけどね。犯人たちはそうした多額の現金を見たことが無かったのか、或いは捜査を撹乱させる為に態とそんな要求をしたのか。私は後者かなと思います。元々、誘拐事件で身代金を取れる例は先ずありませんしね。だから、“裏取引”をした可能性は十分にあります。グリコ側は否定していますが、『6億円を支払った』と犯行声明にありましたし、犯人は受け取っていませんが、企業側が現金を用意していたことも報じられています」

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――犯人たちはどんな人物だと思いますか?
「以前から指摘されているように、10人前後はいると思います。今でも情報が漏れないのは、やはりファミリーのように結束が強いということなのでしょう。そして、これも指摘されていることですが、途中から主導権を握る人物が変わっているようですね。最初は全裸のグリコ社長を誘拐したり、アベックを襲ったりと、かなり荒っぽいこともしていますが、事件の後半ではそうしたことは無くなっています。また、グループの中にはヤクザに近い者もいたと思いますが、ヤクザは文書や物証を態々残したりはしません。無駄なことはしないんです。もっと効率よくやると思います」

――何故、犯行声明は関西弁だったと思いますか?
「わかりません。ただ、犯行声明というのは、本来は“自分たちの主張を述べる”という意図がありますよね。でも、かい人21面相は政治的な思想の主張ではなく、警察をおちょくる関西弁のおっさんのぼやきみたいな内容だったのが画期的とも言えます。証拠を残す訳ですから、逮捕のリスクも高くなりますが、敢えてそれをしたのは何故なのか。私も聞いてみたいです。また、録音された子供の声の脅迫は気になりました。よく聞くと単語毎に途切れていて、アクセントも関西風ではありません。脅迫文が関西弁なのに、何故子供の声は関西弁ではないのでしょうか? これは、『後年になって子供がテープを聞いてもわからないようにしたのだろう』と私は思っています。他にも、関係ない単語を幾つも録音して繋げたのかもしれません。このテープの音声は、東京都内の音響研究所という専門機関がかなり細かく分析して、録音した団地まで特定しているそうですが、その後は有耶無耶になったと聞いています」

――印象に残っているかい人21面相の言葉はありますか?
「1985年6月に新聞各社に送られた“江崎グリコゆるしたる”ですね。“ゆるしたる”ということは、何か怒っているとか、恨みがあるということです。やはり、個人的な怨恨のようなものが事件の背景にあったのかもしれません」

――グリコへの終息宣言と言われていますね。その後も他の企業への恐喝は続きますが、翌年8月の「くいもんの会社 いびるの もお やめや」という文を最後に、犯行声明が出されなくなります。
「そうですね。明らかにグリコへの態度は、他の企業とは違う気がします」

――2000年2月に28件全ての事件で時効が成立し、警察庁指定事件で初めての未解決事件となりました。今、犯人たちはどこで何をしていると思われますか? 一説には、犯人の1人は、1985年8月の日航ジャンボ機の御巣鷹山墜落事故で死亡したとも言われています。この便には、恐喝されていた『ハウス食品工業』の社長(※当時)が搭乗していて亡くなっていますが、身元不明の遺体もありました。そして、この後は脅迫が行われていません。
「日航機事故との関連はわかりませんが、実は何回か一緒に食事をしたことのある人で、『真犯人ではないか?』と思っている人はいます。やはりマイノリティーですね。フルネームは知りませんし、連絡先もわかりません。もう時効ですから、派手なことをしないで、静かに豊かな余生を送っているのではないでしょうか。何れにしろ、この事件に続いて、日本は空前の不動産バブル期を迎え、益々おかしな方向へと行くことになります。今にして思えば日本の転換期であり、経済格差による社会の分断化の第一歩だったのではないでしょうか。“トランプ的なアメリカ”の後を追っているようにも見えますね」


キャプチャ  2017年2月14日増刊号掲載


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