【天下の暴論2017】(01) 今から悠仁さまの“お妃”探しを

20170502 14
天皇陛下の退位問題と絡んで、再び皇位継承問題に関心が集まっている。特に民進党等からは、所謂“生前退位”を認めるのと同時に、『皇室典範』を改正して皇位継承の範囲を広げるとか、その布石として女性宮家の創設といった声も上がっている。ただ、この問題を議論する時は先ず、今上陛下の退位を受けて即位される筈の皇太子殿下の後は、現在、継承順位2位である秋篠宮殿下であり、その次は悠仁さまであることを前提にしないとややこしいことになる。中には「悠仁さまを排除して愛子さまに継承させよう」と言う人もいるが、既に継承権を持たれている正統な継承者を排除して別の天皇を立てようというのは国論を二分することになり、このような議論を持ち出すのは天皇制を脆弱にするし、愛子さまにも精神的負担が大き過ぎる。皇位継承は、秋篠宮殿下・悠仁さまと繋ぐことを前提に(※秋篠宮殿下が高齢での即位を避けて悠仁さまに直接という選択はあり得るが)、「その後が男系で繋げなければどうするか?」という議論をすべきだろう。そこで、①女帝・女系を認める②旧宮家等の男系男子を皇族に復帰させる③明治天皇以降の女系子孫であると共に遠縁だが男系男子でもある候補をみつける――の3種類の解決がある。しかし、悠仁さまに男子が授かれば多くの人が一番納得するし、また愛子さま・眞子さま・佳子さまにお子様が生まれなくては、女系といっても始まらないのである。特に皇室では、世間での平均より子供の数が少ない。大正天皇の4人の子のうち2人、昭和天皇の6人の子供のうち3人しか子供ができていない。これは、結婚しないとか、敢えて意図的に子供を作らないとかいう訳でなかったのだから、厳しい数字なのである。

そういうことを考えれば、悠仁さま、また3人の内親王には、できるだけ早く、適切なお相手と結婚して頂くことに全力を挙げねばならないと思うのだ。現在の皇位継承問題の淵源は、皇太子殿下のご結婚が遅れたこと、秋篠宮殿下のところで2人の内親王の後、長くお子様を作られなかったことにある。色々ご事情もあったという噂はあるが、ここは、少なくとも結果からみても、皇太子殿下には皇位継承を重視した結婚をしてほしかったし、秋篠宮殿下にはもっと多くのお子様を作ってほしかったといっても不敬ではあるまい。皇室に限らず、世襲君主家において跡継ぎを得る為に最善の努力をすることは、最も大事な仕事だ。また、上手くいかなかったのは皇室の方々の責任でもあるし、宮内庁やそれに関連する人々も努力が十分でなかったと言えるし、歴代総理を含めた政治の責任でもある。明治以降に限っても、皇族の結婚、皇族方の教育は、政治家にとって最大級の課題であった筈なのである。皇位継承が順調にいかねば、日本国憲法第1条から第8条までは空文になってしまうのであるから、当然のことだ。そうしたことを踏まえれば、悠仁さまのお妃捜しは今から作戦を考えるべきだし、愛子さま・眞子さま・佳子さまの結婚相手についてもそうだ。そこで、大正以来の皇太子妃選びの歴史を少し振り返ってみよう。大正天皇や昭和天皇の頃は、宮家か五摂家からというのが暗黙の了解だった。大正天皇の場合には、初めは伏見宮禎子が選ばれたのだが、ドイツ人医師のべルツが「肺病の疑いあり」と言い、如何にもお姫様という訳ではないが、しっかり者で頑健な九条節子(※後の貞明皇后)が選ばれた。昭和天皇の時は、貞明皇后がしばしば学習院を訪れて、久邇宮良子(※後の香淳皇后)に白羽の矢が立てられた。何れも、夭折された方を除いても4人・6人のお子様が生まれたのだから、プロジェクトとしては大成功だった。今上陛下の時は、北白川肇子ら皇族も候補と言われた。どうして消えたかはわからないが、近親婚への危惧もあったのではないか。そして、学習院女子同窓会である『常磐会』の会長で、皇后側近であり、秩父宮妃殿下の母親だった松平信子(※鍋島家出身で会津松平家分家に嫁す)が宮内庁から推薦を頼まれた。この時、松平が推薦したのはKとHだとされるが、Kは「遺伝的に問題がある」と排除され、Hは辞退すると共に、直ぐに見合い結婚した。後者は長州出身の林伯爵の令嬢(※母は牧野伸顕の娘)である三井富美子さんらしい(※若葉幼稚園園長)。

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「私は結婚できないのではないか?」と陛下が仰ったのはこの時だと言われ、正田美智子さんとは陛下は既に軽井沢で会っておられたのだが、親戚に華族や学習院関係者もおらず、現実的なお妃候補ではなかったようだ。しかし、範囲を拡大しようと小泉信三が複数の女子大学に推薦を依頼したところ、聖心女子大学から美智子さまが推薦されたこともあり、ご成婚に至ったらしい。美智子さまは、当時の東京の社交界でも評判のお嫁さん候補で、お見合いの申し込みも殺到していた。そういう意味も含めて、容姿・知性・体力・人柄等申し分なかったのであるが、旧華族や学習院のサークルへの馴染みは無かった。この為、松平信子、秩父・高松宮妃殿下、梨本伊都子(※李方子の母)、柳原白蓮等が反対した。皇后陛下のその後については、その卓越した能力で困難を乗り越えられ、また皇室に新しい時代の風を入れられた功績も大きいが、華族社会と縁が無いご出身が故の不当とばかりはいえない摩擦もあったことは忘れられがちである。何しろ、同じ平民の出身といっても、高円宮妃はその父は香川県出身の商社マンだが、母方を辿れば友田家(大使)・松園家(男爵)・會我家(子爵)・九条家と連なるし、秋篠宮妃は父や曾祖父が学習院の教員であって、少なくとも近い世界におられたのと大違いである。皇太子殿下については抑々、候補者を見つけること自体が非常に難航した。学習院等で女子学生との交友はありそうなものだし、実際、秋篠宮殿下は紀子さまとサークルで出会われたのだが、皇太子殿下の場合には、交際のきっかけを掴むとか、特定の女性と交際を深められるのは、警備の厳しさ等もあって難しかったようだ。

一方、名家名門の令嬢については、先回りしたマスコミが、旧華族を始め、目ぼしい女性をリストアップして報道するので、最初の出会いをセットすることも難しかったという。また、血縁関係のある女性も候補から外されたと聞く。そんな中で、外国の王女等が訪日した時、食事の同席者として外交官の娘たちが動員されることがあり、その中で、その後の交流の機会にも積極的に参加されたことで浮上したのが、小和田雅子さん(※現在の皇太子妃)だったようだ。勿論、妃殿下が優れた女性であることは間違いないのだが、マイペースを許されない堅苦しい世界に向いておられたのか、跡継ぎを得ることが最大の仕事という現実を理解されていたのか、女3人姉妹という事実、結婚の時に29歳だったこと等、客観的に見た場合に、皇室にとって理想的な条件だった訳でないし、その予感は当たったのである。扨て、それを踏まえて、悠仁さまのお妃を円滑に選ぶ為にはどうすればいいかだが、先ずは異性の友人との交流の機会を確保させてあげるようにするべきだ。その中にお妃候補となる女性がいるかどうかは別として、自由な幅広い交友なくしては何も始まらない。それも含めて、お妃候補を見つけ出す為には、そういう方面に情報網・交友を持つ世話好きな人々の協力を得ること等もすべきだ。また、秋篠宮殿下ご夫妻が早いうちから、様々な人とお妃候補について、政治家を含めた多くの人と議論を深めることも必要だ。皇太子殿下の場合も、両親が良縁を求めて、もっと早くから同級生らとフランクに相談をされていたらよかったと思う。悠仁さまが適齢期になってからではなく、今からでも作戦を立てるべきなのだ。何なら、その前に眞子さま・佳子さまの結婚相手を見つけるのにも、そうしたやり方をしてもいいのでないか。因みに、1つ提案をすれば、各省庁の若手官僚とのグループ交流の機会でも作ったらどうかと思う。その中で適当な相手が見つかれば、普通の出世競争からは外して、しかしそれなりの処遇をすることも容易だ。そして、悠仁さまにおいても、できるならば、理想的には大学卒業後間もない頃に結婚して頂くべきだ。また、お妃候補については、できれば2年くらいの時間をかけて、しっかりしたお妃教育をするべきだ。現在の妃殿下になる女性の為の教育は、期間が短過ぎる。雅子妃を巡る諸問題も、結婚してから互いに“そんなつもりではなかった”ということが多過ぎた。 (徳島文理大学教授・国士舘大学客員教授 八幡和郎)


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