【風俗嬢のリアル】(04) シズカの場合――生まれ育った街で

20170502 23
都心から電車で2時間ほどの郊外は、驚くほど無機質だった。緑の植わった歩道に、均一に並ぶマンションと団地。駅前の巨大なショッピングモール。街全体が新しく、ゴミひとつ落ちていなければ落書きも無い。地図を見ながら暫く歩くと、一軒家の密集する住宅街に、一際目立つピンク色の家が見えた。手入れの行き届いた庭に、木製のテーブルセットとチューリップの花壇。テラスにはバーベキュースペースがあり、薔薇のアーチと小人の人形が置いてある。まるで絵に描いたような幸せなマイホームがそこにあった。香川のデリへルを終えて、和歌山と北海道を観光して回ったシズカは、半年ぶりに実家に帰って来ていた。外から電話をかけると、「直ぐ行きます」という声と共に、メルへンな家からシズカが出てきた。家に帰ったというのに、グレーのトレーナーにベージュのパンツといういつもの格好だ。家の裏には森が茂っており、その先には畑が見える。シズカの生まれ育った街を案内してもらうことにした。「子供の頃は、姉や近所の子たちと、この辺を駆け回って遊んでいましたね」。慣れた足取りで畦道を歩く。途中に、野良猫の姿が何匹も見えた。「遊んでいた子たちとは、今も交流あるの?」「全く無い。母伝いに情報が入ってくるけど、会いたくもないし」。素っ気無い応えが返ってきた。「隣の家のお兄さんは20年くらい引きこもりみたいですね。これも母情報」。小高い丘に上がると、その奥は鬱蒼とした雑木林で、郊外と呼ばれる街との境目がそこに見えた。

「この辺りの家は、私が小さい時に一斉にできたんですよ」。街を見下ろしながらシズカが言う。再び駅前に戻り、周辺を歩くと、とある商業施設の前でシズカは驚いて声を上げた。「ここ! 昔は大型スーパーだったんですよ。ショッピングモールが出来たせいで閉店したんですけど、最終日に店長さんが皆に挨拶してシャッターが閉まる時、街の人皆で拍手して泣いたんですよね。私も泣きましたよー」。シズカは、ビルに入ると懐かしそうに燥いだ。綺麗な街並みと、自然に囲まれた長閑な環境。この健全さの中で育ちながら、何故シズカはデリへルで働きながら日本一周をするようになったのか。場所を変えて、話を聞くことにした。「私がいなければ、この家は普通の一般家庭で終わっていたと思うんですよ」。シズカは言った。サラリーマンの父と、専業主婦の母、5歳上の姉は結婚して家を出ている。シズカは、携帯電話の番号もメアドも家族に教えていない。シズカから連絡することは一切無く、各県から名産品を送ることで安否を伝えているだけだ。実家に帰る時は、突然前触れもなく帰ってくる。「今回もそうですね。23時くらいに帰ったら、父はもう寝ていて、母はドラマを見てました」。私が「驚かれた?」と聞くと、シズカは首を傾げた。「いつも、このパターンなんで。『あっ来たの?』みたいな」。あまりにもあっさりしている。「向こうも私に対して遠慮しているから、何も聞かれないですね。何だろう、『もうこれ以上、問題を起こしてほしくない』っていうのが基盤にあるので、腫れ物扱いみたいな。軟らかい壁みたいなものがありますね」。家族は現在、シズカがデリへルで働いていることを知らないという。「風俗をしているとは言っていない。『日本一周 しながらスナックで働いている』とか、『ゲストハウスでボランティアをしながらアルバイトをしている』とか。『よくお金続くわね』とは言われますけど。ははは!」。シズカが急に帰ってきても、当たらず障らず。それは父親も同じだという。「父親は元々、喋らないんですよ。偶にボソボソッと、『眼鏡どこいった?』って1人で呟いていて、私がスッと渡すとか。コミュニケーションはあるけど、会話は無い。私も父親のことは未だに謎です」。では、姉はどうなのか。「姉は普通の人ですよ。子供が2人いて、しょっちゅう実家に帰って来る。先週会いましたけど、会話は父親と同じレベルしかしないので」。姉妹は仲が悪いという。「もう、父母姉は本当に普通なんですよ。この3人だったら会話もするし、絵に描いたような一般家庭。3人だと自然だし、纏まりがある。一家として成り立つよねって感じ。感覚的に私は、この家の中で、屋台で掬ってきた金魚が今も生きてますみたいな存在なんですよ。水槽の掃除もしていないし、餌もあげていないけど、何で生きてんだろうみたいな」。

20170502 24
家族の中で、一人異質なシズカ。それは一体いつからなのか。子供時代の話から聞いてみることにした。「子供の頃から真面目ですね。小・中学校は、学級委員を毎年のようにやっていましたよ。『やりたい人』って言われたら、ピッと挙手して立候補。内申書がどうこうというより、優等生を全うしたかったんですよ。帰ったら家のお手伝いで、掃除洗濯、犬の世話。別にそれが当たり前だったから」。勉強に関しても、目標に向かってコツコツ努力した。「中学に入って最初の期末テストで、順位が約300人中150番とかで、めっちゃ悪かったんですよ。3桁なんてあり得ない! そこから“チャレンジ”の成功漫画みたいに、計画立てて勉強して、最終的に私、1桁いったんですよ。あの時は頑張りましたね」。両親にとっても、嘸かし自慢の娘だったに違いない。家族は毎週のように庭でバーベキューをし、絵に描いたような幸せな生活を送っていた。「何かもう、本当に自分の中では“いい子”っていう意識があったので、一般的に悪とされることはしちゃいけない。賞賛されることは率先してやる。生活に関しても勉強に関しても、人に対してもそう。全て全うして完璧な人間になることが、生きている上での理想みたいな…。それが普通だと思っていたんです。茶髪とかで学校に来る生徒は、『馬鹿じゃないの?』って見下していましたね。義務教育でチャラチャラして、親のカネで生活してるのに『何なの?』みたいな蔑みですね。『世間が望む“正解”にならなきゃいけない、自分もそこから外れちゃいけないから、毎日努力しなきゃいけない』っていう。わかりますか? 多分、その時期に軍隊とかに入隊していたら、かなり私、いい感じに育っていたと思います」。

指し示された方向に全力で進む、それがシズカの性格だった。しかし、中学2年生の終わり頃に歯車が狂い始める。シズカの入っていたバスケットボール部に、転校生が入部してきたことがきっかけだった。「転校生が部活で仕切り始めたんですよ。そのことで、元々のリーダーが機嫌を悪くして、『あいつハブろう』って言い始めたんですね。皆で無視するようになったんです。でも、私はその転校生と塾が同じで、仲良くなったから部活内でも普通に話していて、私も無視されるようになって。でも、そこまでは未だよかったんです」。地獄の始まりは、3年生のクラス替えで、バスケ部の苛めボス2人と同じクラスになったことだ。「苛めってどんどん広まるんですよね。バスケ部以外からも目を付けられるようになって、クラスだけだったのが学年全体になって、女子だけだったのが男子にも広まって、完全に孤立したんです。今でも思い出すと泣きますもん」。シズカは、目を真っ赤にしてボロボロと泣き始めた。苛めグループの中には仲良しだった子も含まれており、裏切られたショックは大きかった。一方の転校生はシズカから離れ、苛めグループと仲良くしている有り様だった。シズカの“いい子”は、完全に仇となってしまったのだ。「多分、苛めが無かったら今、こんなことしていない」。シズカはきっぱりと言った。“こんなこと”とは、デリヘルで働きながら日本一周をすることである。人生に絶望し、自殺まで考えていたシズカは、中学3年生のある日、スーパーマーケットで万引きをすることに決めた。それまでのシズカからは考えられないような行動だ。「自分で言うのもなんですけど、ずっと優等生で“いい子”だったんです。苛められた原因も、苛められていた子を庇ったからじゃないですか。『じゃあ、“いい子”じゃなくて“悪い子”になればいいんだ』と思って、スーパーで量り売りの飴を1個だけ手に取って万引きしたんです。『これで悪い子になる』って暗示をかけたんですよ。悪いことに成功したら、もう後には戻れない。もう、この先いいことない、煌びやかな人生を歩んじゃいけない、幸せになっちゃいけない。1つでも悪いことをしたら、何かその先に悪いことが起きたり、糾弾されることがあっても納得できる…。きっと、証明が欲しかったんでしょうね。罪が欲しかったんです」。たった飴1個であったが、シズカには大きな意味があった。“いい子”で生きてきたシズカは、悪いことをすることで、罰が下る理由付けを手に入れたのだ。「これでもう、理不尽なことが起きても納得できる」。中学生だったシズカの万引きは、その1回きりで終わった。

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しかし高校に入学すると、更なる挫折がシズカを襲った。それは、高校1年生の体育祭での出来事だった。「“台風の目”っていう競技で、棒の端っこを持っていた私は、回転中の遠心力で吹っ飛んで肩から落ちたんですよ。でも競技を続けなきゃいけないから、最後に棒をグルッと回して次のチームに渡すまでをやったんですね。腕を上げた瞬間、鎖骨が折れてグリッとずれました」。又も、最後までやり遂げようとした真面目さが仇となった。それまで勉強を頑張り、当然のように大学受験を目指し、「卒業後はフリーターになる」と言っているクラスメイトを信じられない気持ちで見ていたシズカだが、ギプスを嵌める生活が数ヵ月続き、完全に心が折れてしまった。「横になると痛むから、座った状態で寝るんです。風呂も満足に入れないし、勉強も集中できなくなっちゃって、わーってなった瞬間、『もう勉強やーめよ』って。その時も最悪でしたね」。理不尽な出来事に納得がいかないシズカは、又も“悪いこと”に手を染める。「人生で初めて“置き勉”をしたんですよ。学校の机に教科書を置きっ放しにするやつですね。禁止されているから、ちょっと悪いことをしている感覚が嬉しかった。でも、勉強していない焦操感はあって、同じ時期に父親の会社が倒産して家庭内も荒れ始めて、色々と重なったんですよ。高校の部活でも苛めがあって、居場所が無くて」。部活での苛めは、ターゲットがクルクル変わり、仲良くしていた子もそれが原因で退部してしまった。しかし、シズカは辞めなかった。「私は『部活は辞めない』って決めていたんですよ。どんな状態でも最後までやらなきゃいけない、途中で投げ出しちゃいけない、辛くても続けることが美学だったんです」。どこまでいっても真面目なシズカだった。

しかし警くべきことに、その裏では狂ったように万引きを始めていたのである。学校を終えると、制服を着たまま街をふらつき、商品を物色。本・家電・お菓子・服等、手当たり次第に盗んでいた。手も込んでいて、学生カバンの裏にガムテープをくるっと巻いて仕込み、防犯カメラの見えない位置から本をべタッと貼り付け、店を出る。ショッピングモールでは、服を数着持って試着室に入り、半分をカバンに詰めて半分を返した。「万引きは、達成感がめっちゃあるんですよ! 成功に至るまでの自分の演技力。顔も普通にしてなきゃいけないし、上手くいった時のやったぜ感。力の限りバレないようにはしていましたけど、『バレたらバレたでいっか』っていう気持ちはどこかにありましたね」。何十回と続けていれば、当然捕まる。同じ店で繰り返し万引きをしていたシズカは、完全にマークされていた。「本を6冊くらい抱えたまま、トイレにスーッと入って、ビニールを破いてカバンに入れて、出てきたところで私服警備員に呼び止められましたね。『ちょっと君、カバン開けて』。『おっ、来た!』みたいな」。シズカは大人しく連行されていった。直ぐに警察が来て、両親が呼ばれた。盗んだ本は、漫画が数冊と、大学受験の参考書が2冊。母親は「何でこんなことするの?」と泣きながら言っていたが、シズカは何も答えなかった。「何かその時は、盗むのが日常だったんですよね。別にお金出してまで欲しくないようなものを盗っていたし、おかしくなっていたんだと思います」。家では、シズカの万引き事件を巡って家族会議が開かれた。「姉父母に囲まれて、姉を筆頭に滔々と説教。『どうしてこんなことしたの?』って尋問が始まる。姉は私と正反対の性格で、仕切りたがりなんですよ。クラスで『ちょっと男子、掃除して!』って言うタイプを、そのまま大きく成長させた感じ」。恐らく、優等生が原因で挫折したシズカに対し、姉は優等生のまますくすく育ったのだろう。万引き常習犯だったシズカは、高校在学中に2度捕まったが、警察の配慮で学校への連絡はいかなかった。黒髪に膝丈スカート、校則をきっちり守ったシズカの姿を見て、「受験勉強のストレスでしょう」と大目に見てもらえたのだ。それを機にシズカは万引きを止め、盗品も全て処分した。不安定な生活で、勉強もしなかったシズカだが、それでも学校の成績は平均より上。無事に高校を卒業し、何と数々の著名人を輩出する大学へ入学した。真面目な学生生活で、授業料も半額免除。様々な資格を取り、ほぼ優を取って卒業。しかしその辺りから、又も万引き病がじわじわと再発していたのだ。今度はより衝動的で、手口も異常なものだった。

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「殆ど食べ物ばっかり。スーパーで売っている熱々の焼き芋を掴んで、店内で歩きながら食べたり、パックに入ってる苺とかトマトを1粒取って食べたり。うん、やっていたなぁ」。シズカは懐かしそうに言った。あまりにも大胆な犯行だ。大学卒業後はアルバイトを幾つも掛け持ちし、フリーター生活を送っていたシズカは、又も万引きで捕まることになった。「その日は早朝のアルバイトに行く前で、チャリを遭ぎながら『時間少しあるし、ちょっとパクるかぁ~』と思って、フラッとコンビニに入って、プリンを持って外に出たんですよ。走って追いかけてきた店長にバックヤードへ連れていかれて、何発も殴られました。警察署へ行ったけど、何故か警察は店長を怒っていて、私は『悪いことしたから殴られるのは当然』と思っていたんですけど、多分、それがあって被害届を出されなかったのかな。『もうしないね?』って確認されて終わりました」。警察署に来た母親は泣いていた。八方塞がりだったシズカは、ある日、アルバイト先の漫画喫茶で『デリバリーシンデレラ』(※著者はNON・集英社)という漫画を目にする。これがデリへルとの出会いだった。「それまで、風俗って偏見があったんですよ。『どうせお金欲しさにやっているんでしょ』みたいな。でも、それを読んだら、主人公の女の子がめっちゃ“いい子”なんです」。主人公の雅美は、昼は地味な女子大生だが、夜は売れっ子デリへル嬢へと変身。店のルールをきっちり守りながら、男性客を癒す為に全力で尽くす姿が描かれている。仕事に対する誠実さに心を打たれたシズカは、それまで掛け持ちしていたアルバイトを辞め、デリへル嬢としてデビューした。「その主人公が“いい子”じゃなかったら、私は今、風俗やっていない」。デリへルを始めたことで、シズカの万引きはピタリと止んだのだった。 (取材・文/写真家 インベカヲリ★)


キャプチャ  2017年4月号掲載

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