【オトナの形を語ろう】(23) 逃げて逃げて逃げまくれ、本当の喧嘩を知らない者へ

喧嘩というものは、本気でやればやるほど実にバカげたものだということが、軈てわかってくるものだ。愚かな行為である。後になれば、直後でも、10年後であっても、喧嘩が始まる動機・きっかけというのは、実に根拠などないのが大半の喧嘩である。何故、このようなことを話すかというと、喧嘩というものには、どちらが勝ったとか負けたということが無いのである。喧嘩の最中や直後は、勝った負けたが一見あったように思えるが、軈て冷静になると、勝ったと思しき側は、それで気分が晴れるかと思えば、そんなことは殆ど無いのが喧嘩の実態である。相手が1人でも2人でも数人でも構わないが、目の前で倒れている人間に、勝ち誇って、捨て ぜりふを、唾を吐きかけて、それで気持ちがいいと思えるのなら、そいつはどうしようもない男である。誰でも、倒れている人間を見れば「大丈夫か?」と思うだろうし、「悪いことをした」と考えるのが大人の男の感情である。私が20代の頃は、好んで喧嘩をする連中がいて、そこへ腕試しで出かけたことが何度かあるが、「あれは喧嘩ではなくて単なる格闘技であったのだ」と、今から思うと、そう言わざるを得ない。格闘技であるのなら、トレーニングをしっかり積んで、反射神経を鍛えたほうが強いに決まっているし、負ければ再挑戦というのもあったのだから、やはりスポーツの感覚もあったような気がする。

「喧嘩はバカげている」と話したが、バカげていてもやらねばならぬ時がある。ここが喧嘩の厄介なところだ。若い時には、引けない状況が一度ならず出てくる時がある。今週は少し、その話をしよう。引くに引けない状況とは、屈辱・侮辱を受けた時である。辱めを受ければ人間は誰でも逆上するし、憤りが湧いてくる。当たり前の話である。そこでノコノコ退散していたら、その夜は先ず眠ることができないのが男というものだし、男はそういう精神・感情の構造になっている生きものである。その“許せない”と思った感情を持った時、相手に向かって行けるかどうか? 普通の判断能力があれば、「相手のほうが強くてとても敵わない」とか、「いや、この相手なら互角には戦えるだろう」とか、「こいつなら勝てる」ということが即座にわかるものである。ところが、どんな相手であれ、人を殴ることはおろか、押すこともできないと自分の能力がわかっているなら、それは断然、逃げるべきである。周囲が自分をどう思うか等とは一切考えるべきではない。一目散に、その場から逃げる。追いかけて来ても逃げ切るというのが、私は一番正しいと思っている。逃げて、逃げて、逃げまくることが最良の方法である。「後で後悔はしないのですか?」。そんなことは一切考える必要はない。大切なのは、自分の身の安全である。

「それでは男らしくないんじゃないですか?」。それは勿論、男らしくない行動だが、見ず知らずの如何にも偉丈夫な(屈強で強そうな)男にボコボコにされて、翌朝から食べ物が口にも入らないことを考えたら、逃げるほうが余程マシなんじゃないか? そうして、その喧嘩の相手と二度と逢わないように、相手のいそうな場所には徹底して足を向けないことである。そうして残りの人生を生きていけば、それでいいんじゃないか。何だって? これまでこの欄で私が話してきた話と違うって? それは承知で今週は話している。どうしてそういうことを今週は話しているかと言うと、今は、若者の大半が喧嘩に慣れていない状況だから、そう話したのだ。人を殴ったことも殴られたこともない若者・大人が大半なのである。殴られた経験があれば、その痛みや、前歯の何本かが折れても、それは大したことではないとわかるのだが、殴られた経験が無い者にその話をしても無駄だ。何故なら、殴られた瞬間から気持ちが動転し、何が何なのかわからなくなるからだ。そんなおかしな精神状態になった自分をコントロールなどできやしない。況してや、殴った経験が無ければ、殴るほうもどれくらいの痛みがあるのか想像もつかないだろう。“人を殴る”という行為は、拳だろうが平手だろうが、自分の身体も痛みが間違いなくあるのだ。だから、「殴られた経験も殴った経験も無い人間は喧嘩をするな」ということだ。逃げて、逃げて、逃げまくれ。普段から逃げる練習をきちんとやっておくことだ。それが一番の喧嘩作法だと教えておこう。 【続く】


伊集院静(いじゅういん・しずか) 本名は西山忠来。作家・作詞家・在日コリアン2世。1950年、山口県生まれ。立教大学文学部日本文学科卒業後、『電通』に入社。CMディレクター等を経て、1981年に作家デビュー。『愚者よ、お前がいなくなって淋しくてたまらない』(集英社)・『大人の男の遊び方』(双葉社)・『無頼のススメ』(新潮新書)等著書多数。近著に『旅人よ どの街で死ぬか。 男の美眺』(集英社)。


キャプチャ  2017年5月15日号掲載
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