【点検トランプ政権100日】(02) 排外主義、恐れる難民

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ミネソタ州ミネアポリス。今年3月末、ソマリア出身者が多く住む地区の職業紹介所で、難民として暮らすシラワファ(45)は、スーパーマーケットの荷物運びの仕事を得た。2015年春、治安の悪化が激しいソマリアの首都・モガディシオを離れてアメリカ入りし、難民認定された。だが、今年1月27日、ドナルド・トランプがソマリアを含むイスラム圏の一部からの入国を制限する大統領令を出して以降、母国に残る夫(48)を迎え入れる手続きが停止してしまい、落ち着かない。「トランプのせいで、全てどうなるかわからない」。万一に備え、働いて手持ちのお金を増やしたいという。アメリカに来たソマリア人の多くが同州で暮らす。最大都市のミネアポリスには、1万人を超えるアメリカ最大級のコミュニティー『リトルソマリア』もある。1990年代、製造業の人手不足に悩んだ同州が、内戦で流入したソマリア難民を積極的に受け入れた為とも言われる。シラワファが夫より先にアメリカ入りしたのは、2001年の同時多発テロ以降、イスラム教徒への風当たりが強まり、「テロリストの疑いを持たれ易い男性より、女性のほうが難民認定が早い」と聞いたからだ。実際、夫の手続きにかかっている時間は自身より長い。トランプ政権誕生後、ソマリア系住民の間で「イスラム教徒は強制送還される」といった誤った情報も飛び交う。リトルソマリアにある生活支援団体の事務所は連日、相談者で溢れている。当局の“強制収容”を恐れ、「学校や職場に行けない」という相談が多いという。清掃会社からは、「ソマリア人女性25人が仕事に出てこない」という苦情が来た。事務所を訪れた高齢女性が、机の上に1400ドル(約15万円)を出し、「航空券を買って。強制収容される前にソマリアに戻して」と叫んでいた。代表のファトゥン・ウェリ(41)は「グリーンカード(移民ビザ)・市民権(国籍取得)・難民認定があれば問題ない」と説明して回るが、「不安が先立ち、冷静に受け止められない人が多くて…」と嘆く。

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最近は、移民・難民に寛容とされるカナダへの“移住相談”で持ちきりだ。シラワラァも「入国制限で家族と会えないなら、アメリカにいても仕方がない」とカナダ行きを考え、ソマリアの夫に電話した。だが夫は、「アメリカで手続きが進むのを待つ」と頑なだった。「世界で主導的役割を果たしてきたアメリカだからこそ、ソマリアのような小国難民を助け、治安の回復にも協力してくれると信じている」と言った。「でも、トランプを見ているとわからなくなる」。シラワファは寂しそうな表情を見せた。ミネアポリスの主要道路に面したビルの地下1階に、『ソマリア博物館』がある。オスマン・アリ(64)が祖国の絵画や工芸品等を収集して、2011年に開設した。ソマリア出身の移民・難民は既に第3世代が生まれ、祖国の歴史や文化を知らない子供も増え、「我々のアイデンティティーを守ろう」と考えたからだ。アリは幼少期にソマリアを離れ、アラブ諸国を転々とした。正規ビザを取得してミネアポリスに済ち着いたのは1996年。40歳を過ぎていた。「車の免許が直ぐに取れ、仕事も早く見つかった。流石は世界の大国だと思った」。当時のソマリア出身者は殆どが難民で、工場労働者だったが、人口増加に伴って飲食店等を始める人も出てきて、コミュニティーができた。“第2の故郷”との噂を聞きつけ、他州からも人が集まった。博物館は今、トランプや反イスラム感情に屈しない気持ちを共有する拠点となりつつある。「ソマリア出身者だけでなく、白人の来館者も我々の支化に関心を示し、アメリカに根付くことを理解してくれる」とアリ。来館者は1日数十人程度だが、来年以降、独立した建物に移転し、発信力を高めようと構想を練る。不安に耐えかね、アメリカからカナダに“脱出”を図るソマリア出身者が急増している。だが、アリは両拳を強く握り締めて言った。「トランプはダメでも、アメリカはダメではない」。 《敬称略》 (ロサンゼルス支局 田原徳容)


⦿読売新聞 2017年5月1日付掲載⦿
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