【天下の暴論2017】(03) “セクハラ”で社会はおかしくなった

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3年ほど前の話ですが、東京都議会での女性議員に対する男性議員の“セクハラやじ”の問題が、メディアで大きく取り上げられました。「自分が早く結婚したらいいじゃないか」「産めないのか」というヤジを受け、女性議員が涙ぐんだという問題です。私は当時、コメントを求められ、「女性が仕事の場で簡単に泣いてはいけない。『だから女性は使えない』『扱い難い』と言われる。他の女性に迷惑がかかる」と思ったことを言いました。こういった覚悟の無い女性が増えてきている背景に、まさしく“セクハラ問題”があります。私は以前より、「“セクハラ”が日本に入ってきてから社会がおかしくなった」と講演会等で話をしています。セクハラという概念が入ってくる前、犯罪はとてもわかり易かった。法律や判例に照らして、客観的に“罪に対する罰”が決められているのみでした。「万引きをしたら罰金○○円」「殺人を犯したら懲役○○年」といった感じです。が、セクハラのおかげで、そこに不透明な領域ができました。セクシャルハラスメント、略してセクハラは、1970年代初めにアメリカで作り出された造語です。日本では1980年代半ば以降に輸入され、1989年の『新語・流行語大賞』の新語部門・金賞を“セクシャルハラスメント”が受賞してから、一気に広がりました。セクハラの判断基準は、あくまで“主観”です。「君、色っぽいね」と言われて、好きな異性からだと「わっ、嬉しい!」となりますが、嫌いな相手だと「気持ち悪い! セクハラ!」となる訳です。「毎日、性的な発言をされて苦痛でした」と訴えることができるのです。あくまで主観的判断なので、本人以外はわかりません。「昨日は良かったけど今日は嫌」なんてことも考えられます。「セクハラだ」と訴えられて初めて気付く男性も多く、「それで体調を崩したから補償して」と言われても反論のしようがないのです。客観的に判断できない非常に不透明で困難な概念が定着してしまった訳です。セクハラが定着する以前から、嫌なことを言われたら“侮辱”で、触られたら“痴漢”で、襲われたら“強姦”として対処していました。しかし、“セクハラ”という不透明な概念が誕生したことにより、社会がぎくしゃくし始めました。

昔の中年男性は、コミュニケーションの一環として「スタイルがいいね」とか、「べっぴんさんだね」と女性に言うことができ、女性もそれを上手くいなしていました。しかし、近年は許されません。それどころか、「その服、新しく買ったの? いいね」「その髪型、似合っているね」というような褒め言葉さえ、言われた女性が不快に思えば「セクハラを受けた」と裁判を起こすことができます。これでは、男性や上司は委縮して、女性に対して何も言えなくなります。職場の人間関係はどんどんギスギスしていくのです。会社はその対策の為、セクハラの講習等に時間とお金を割きます。また、「セクハラだ」と言われれば、どんな優秀な社員でも退社を余儀なくされるケースが後を絶ちません。チームワークが悪いと効率が下がります。が、セクハラが“主観”であり、客観的にはわからない限り、上司・部下・同僚に対して疑心暗鬼にならざるを得ません。セクハラがどれだけ日本の会社社会において国益を損なってきたかと思うとぞっとします。最近、“1人でも加入できる労働組合”として注目を集めているユニオン(合同労組)が注目を集めています。いい意味ではありません。会社を取り囲んで拡声器を使ってデモをしたり、経営者の自宅に押しかけて、周辺に“不当労働を強いる会社”等と書かれた顔写真や実名入りのビラを撤いたりする暴力的な活動が明るみに出てきたのです。多額の賠償金を要求されると経営が立ち行かなくなる会社も多く、“中小企業の敵”と言っても過言ではありません。このユニオン、未払い請求や不当解雇だけではなく、当然、セクハラについても裁判のやり方等を指南しています。例えば、「説得力のある証拠を残しましょう」として、「セクハラ相手からのメールの記録、セクハラ相手からの手紙やプレゼントを残しておきましょう」とあります。プレゼントもセクハラの証拠になるとは、何とも悲しい世の中です。また、「セクハラによって夜眠れない等の症状がでたら、わずかな体調の変化でも、お医者さまに事情を説明して、必要な治療を受けておきましょう」とあります。これがまた曲者です。鬱や不眠症は、深刻な症状を抱える方がいる一方で、本人の症状説明だけでいくらでもでっち上げが可能です。ユニオンは会社の指定する医療機関ではなく、自分たちが紹介する病院で診察を受けさせ、診断書を作成するところまで親切に指導してくれるようです。実際に、鬱病の診断を受け、私療休暇(※社会保険料は会社が支払う)を取得している社員が、ユニオンのデモや集会には参加。間い詰めると、「ハラスメントをする人がいるので、(頭痛等の)症状が出て会社には行けない。が、その他の活動(組合活動)はできる」というふざけた答えが返ってくるという事例まであります。こういった団体が“セクハラ”を捏造しています。最近急増するセクハラ冤罪を見ても、それがよくわかります。市長選挙を前に不倫のデマをばらまかれた若手市長を糾弾する市民メディアのページに、信じられないことが書いてありました。「市長ともなると県外へ出張することも多い。市長の東京出張では、たびたび、女性秘書が随行している。公費海外出張にも2回ほど随行していた。女性職員を随行させることは、市長権力を使ったセクハラではないだろうか」。秘書が随行することがセクハラ? こうなると、もう男性と女性が一緒に働くこともままならない社会になってしまいます。この概念が日本に定着するのに一役買っているのが国連です。日本政府は、女子差別撤廃委員会から「職場でのセクハラを禁止し、防ぐ為の法整備をするように」との勧告を、毎回受けています。それに加えて、昨年3月のこの委員会の最終見解には、“マタハラ”も登場しました。妊娠・出産に関わるハラスメントを含む雇用差別ということですが、「赤ちゃん、未だ?」なんて会話ができなくなるだけです。女性の上司が言っても駄目です。

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こういった社会の変化の裏に、態々国連まで行って、「日本はセクハラに疎い国だ」と訴え続けたリベラルの方々の涙ぐましい“努力”があるのです。マタハラだけではありません。その後、“パワハラ(パワーハラスメント)”や“モラハラ(モラルハラスメント)”等、主観で判断される概念がどんどん増え続けています。少し前ですが、とある芸能人の離婚をきっかけに、“モラハラ”という言葉が日本中に広まりました。ワイドショーは、単なる夫婦の不仲を“モラハラ”という言葉に置き換え、連日、特集を組んで流しました。正直、モラハラが何かよくわからないという人も多いのではないかと思います。ウィキペディアによると、「“モラルハラスメント”とは、モラルによる精神的な暴力、嫌がらせのこと。俗語として“モラハラ”と略すこともある」と書かれています。具体的な例を見てみると、まさしく“暴力を伴わないDV(ドメスティックバイオレンス)”です。DVの場合は暴力ですから、被害が目に見えます。が、モラハラの場合は客観的にはわかりません。「離婚の時に説明し難ければ、“モラハラ”という言葉を使えばいい」という間違った理解を広めてしまったように感じます。最近話題の“へイトスピーチ”もそうです。私もへイトスピーチは許せません。韓国がデモで日本の国旗を焼いたり、首相の写真を破いたりしようが、支那が日本の工場に火を点けようが、それと同じことをしないのが日本人だと私は思います。しかし、これを法的に規制するには定義が曖昧過ぎます。セクハラと同じで、「私はこう言われて傷付いたからへイトスピーチだ」「相手の心を傷付けたからへイトスピーチだ」と定義されています。これでは真実を発言することもできません。「慰安婦の強制連行は無かった」というのは真実の発信です。が、「そう言われたら傷付く人がいるのでへイトスピーチだ。だからへイトスピーチを規制しないといけない」と、見事に論点をすり替えられてしまうこともあります。昨年5月に『へイトスピーチ対策法』が成立しましたが、「言論封殺の動きが急速に広まっていくのではないか?」と懸念しています。最後にもう一度。セクハラやモラハラ等によって社会が委縮すると、国益を失うことに繋がります。これは全ての日本人にとって不幸なことではないでしょうか? (前衆議院議員 杉田水脈)


キャプチャ  2017年4月号掲載




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