【中外時評】 中央銀行の長い戦後処理

ゴールデンウィーク明けの今月8日、東京都内のホテルに世界の中央銀行幹部が集結した。『日本銀行』の黒田東彦総裁を始め、アメリカの『連邦準備理事会(FRB)』・『ヨーロッパ中央銀行(ECB)』、そして『中国人民銀行』からも総裁・理事級が参加する『国際決済銀行(BIS)』の会合。通常は本部のあるスイスのバーゼルで開くが、今回は東京で特別に開催した。多くの出席者は、同日未明に結果が伝わったフランス大統領選でのエマニュエル・マクロン氏当選にホッと胸を撫で下ろした。「昨年のイギリスのヨーロッパ連合(EU)離脱の国民投票に始まったポピュリズム(大衆迎合主義)旋風に歯止めがかかるかもしれない」との期待からだ。ただ、それだけでセントラルバンカーの悩みが消える筈はない。世界金融危機の引き金になった2007年夏のサブプライムローン(信用力の低い個人向け住宅融資)問題の表面化から、もう10年になる。世界の風景を変えた危機は、4つの段階で深まっていった。

▼第1段階・金融危機 サブプライム問題に始まった金融危機は、僅か1年で『リーマンブラザーズ』等大手金融機関を破綻に追い込み、世界の市場を麻痺させた。
▼第2段階・経済危機 カネの巡りに急ブレーキがかかり、金融危機は世界同時不況を齎した。日米欧と新興国は首脳会議を開き、金融システム安定策・景気対策で国際協調を進めた。
▼第3段階・財政危機 バブル崩壊に伴う税収減と景気対策の結果、多くの国で財政赤字が膨らんだ。ギリシャ等ユーロ圏債務危機、アメリカ国債格下げ等、金融危機のツケは政府部門に回った。
▼第4段階・政治危機 税金による銀行救済・長引く景気低迷・格差拡大に不満を持つ市民は、既存政治に反旗を翻した。イギリスのEU離脱、アメリカのドナルド・トランプ大統領誕生を支えたポピュリズム・反グローバル主義のうねりは、政治の危機を齎した。

政治が機能不全に陥る中で、中央銀行は孤独な戦いを強いられた。掟破りとみられた国債・社債等の資産購入やマイナス金利といった奇策も繰り出した。漸く出口が見えても、その先には膨大な戦後処理が残る。先ずは大きく膨らんだ資産の圧縮だ。FRBは年内に先陣を切って、資産縮小を始める見通しだ。ECBも、「来年には量的緩和の縮小に動く」との観測がある。最後尾の日銀は、2%の物価目標達成は遠く、資産圧縮の目処は立たない。“利上げのジンクス”。『みずほ総合研究所』チーフエコノミストの高田創氏によると、1970年代以降の日米欧の引き締め局面では、利上げは米欧が先行し、日本がいつも最後。その翌年には世界経済が減速し、アメリカが利下げに向かうので日本も利上げできなくなった。過去に5回これを繰り返したが、「今回は日本が1回も利上げできず、ジンクスが当て嵌まらないかもしれない」と高田氏はみる。中央銀行の戦後処理は、日米欧でかなりの時間差がつく。その帰結はどうなるのか? 金融危機後の金融政策は、ざっくり言えば市場機能を殺すことにあった。国債購入で、従来は制御不能とされていた長期金利も低く抑え付けた。日銀は株式・不動産市場にまで管理の手を伸ばした。アメリカから始まる戦後処理は、マネーを中央銀行から市場の手に返す謂わば“大政奉還”だ。市場に戻ったマネーは、時として大きく変動する。中銀による官製相場に慣れきった人々には衝撃だろう。アメリカの利上げで同国の長期金利が急上昇した場合、日本の長期金利にも上昇圧力がかかる可能性がある。10年物国債利回りをゼロ近辺に固定している日銀は、上昇圧力を抑える為に国債を必死に買い支えなければならなくなる。日銀が何とか超低金利を維持すると、日米金利差は拡大する。そこで円安・ドル高が進めば、トランプ政権は「金融政策による通貨安誘導だ」と批判するかもしれない。官製相場から脱する金融政策の戦後処理は、長い道程だ。その過程は、中央銀行と政府と市場が入り乱れた新たな混乱の物語の始まりかもしれない。 (上級論説委員 藤井彰夫)


⦿日本経済新聞 2017年5月11日付掲載⦿
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