【Deep Insight】(13) グローバルファーストへ

2010年初め、アメリカの大手証券『ゴールドマンサックス』の最高経営責任者(CEO)であるロイド・ブランクファイン氏は、私を怒鳴った。市場の暴走が経済や社会を傷付けたリーマン危機から2年目。同氏とのインタビューで、「市場は貧困を生んだのでは?」と尋ねた途端、顔色が変わった。「どこで貧困を生んだというのだ? 市場は人々を貧困から救うのだ!」。テーブルを叩かんばかりの怒りは、自らが担う市場の意義を疑われたことへの反発だった。私は今も、「リーマン危機では市場が貧困を齎した面がある」と思っている。ウォール街は目先の株価や株価に連動する報酬を競い、低所得者に甘い審査で住宅ローンを貸した。債権は証券化して売却し、もっと貸した。こうして膨らんだ住宅バブルは崩壊し、ローンを返せない多くの人々が家を取り上げられて困窮した。一方で、「市場、特にグローバルに繋がる市場が、貧しい国の経済を底上げしてきた」とも思っている。そして、その歴史をドナルド・トランプ大統領の“アメリカファースト”が脅かしていると懸念する。7年も前の出来事を紹介したのは、同氏の主張が3つの点で今と重なるからだ。第一に、市場を梃子に成長し、貧困から脱するシナリオを手に入れた国が現れている。インドの代表的な株価指数『SENSEX』は今月、2年ぶりに史上最高値を更新した。市場がグローバルマネーを巻き込んで経済全体を底上げしてきた結果だ。1988年の株式時価総額は、国内総生産(GDP)の8%に過ぎなかった。それが昨年の71%まで上昇し、株式市場の存在感は高まった。外国への市場開放等、改革を進めた結果だ。同国経済の原動力である起業家精神も、株式公開の舞台が育ったからこそだ。もう一歩進む機運もある。「敵対的買収が増えるべきだ」。先月、ニューデリーでの討論会で、インド経済の課題を聞かれた銀行のトップが答えていた。インドは創業家が多くの株を握る企業が多く、「株安が続けば買収される」という経営者の緊張感が薄い。企業が株の持ち合いに守られてきた日本も、2000年代から“物言う株主”や敵対的買収が容認されて、企業改革が進んだ。インドにもそんな時代は近付いている。市場が貧困を解消している構図は、バンガロールを本拠とする2000年創業の『ナラヤナヘルス病院グループ』が映し出す。同社は保険の導入や、使い捨て手術着の採用等、費用削減で料金を格安にし、貧しい患者に健康の機会を齎した。

昨年株を公開し、調達した資金を設備拡張に投じた。今や6000以上のベッドを擁するインド有数の病院だ。アメリカからの出資で成長を支えてきた『JPモルガン』も報われた。インド市場には問題もある。『マッキンゼー』は今月、アジアの資本市場の質を資金調達のし易さ等で順位付けたが、経済規模で劣るマレーシアやタイより下位に置かれた。だが、市場が経済を押し上げる道筋はできつつある。第二に、ブランクファイン氏が7年前と似た理由でまた怒っている。矛先は、市場のグローバル化を否定するかのような政策だ。今年1月、トランプ大統領が難民やテロ懸念国の市民の入国を制限する大統領令を出した際は、「会社が断絶する恐れがある」と強く非難した。先月公表した“株主への手紙”でも、「幅広い層から人を採用し、社内に引き留める力に支障が出る」と反発を続けた。ゴールドマンは、市場という文化を世界に広げて世界的な会社になった。冷戦が終われば東欧へ、新興国が台頭すれば中国へとアメリカの投資家を連れて行き、政府や企業に証券の発行を促した。自身が市場のグローバル化の縮図であり、社員の国籍は160に及ぶ。同社に代表される市場の担い手が社員の多様化を止めれば、市場のグローバル化も滞る。市場の力を使って貧困を脱する機会を失う新興国や途上国もある筈だ。第三に、世界が危うくなっており、背景に貧困という伏線がちらついている。過激派組織『IS(イスラミックステート)』のテロは許せない。だが、社会から取り残され、貧しさに苦しむ人々がISを支持した面があることにも目を向けたい。市場は力を発揮できる。『国際通貨基金(IMF)』は昨年、143ヵ国を対象に、半世紀の金融と所得の歴史を追った調査を公表した。株式市場が活性化するほど貧困や格差が減る傾向があった。ウォール街は危機を招いた貪欲さを、市場を通じて世界の貧困を解消する社会的な使命に使うべきだ。稼ぐ為でもある。「世界最大の問題は、世界最大のビジネスチャンスだ」。医師・起業家として貧困の問題に取り組むナラヤナヘルスの創業者のデビ・シェティ氏は、執務室に掲げている。トランプ政権は、そんな芽を摘んではならない。地政学的な脅威になってから軍事力で取り除くより、貧困を解消しておくほうが経済的にも社会的にも安く済む。必要なのは“グローバルファースト”の発想に違いない。「アメリカと世界全体に神のご加護を」。今月6日、トランプ大統領はシリア攻撃で出した声明に、世界との調和を滲ませた。アメリカファースト一辺倒だったトランプ大統領も変わろうとしているのか? 反発を隠さなかったブランクファイン氏が怒りを少しでも緩めるのかどうか、聞いてみたい。 (本社コメンテーター 梶原誠)


⦿日本経済新聞 2017年4月19日付掲載⦿
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