【ニッポン未解決事件ファイル】(18) 『功明ちゃん誘拐殺人事件』(1987)――用済みの子供は即殺害、誘拐犯の“残忍性”

翌日が祝日とも知らずに、多額の身代金を要求した誘拐犯。事件の捜査に慣れていない警察が犯した凡ミス。事件は最悪の結果を迎えることになる。そして、犯人は身代金を受け取らないまま消え去った――。 (取材・文/フリーライター 鈴木光司)

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1987年9月14日、群馬県高崎市筑縄町で、消防署員・荻原光則さん(当時43)の長男・功明ちゃん(5)が、自宅前から突然、姿を消した。焦燥となった家族の元に同日夜かかってきた電話は、功明ちゃんの身代金を要求する誘拐犯の男からであった。電話は3回。1回目は、「現金2000万円を用意しなければ功明ちゃんを殺害する」というもの。その凡そ1時間後の19時47分頃と20時過ぎにも電話があり、この日最後の電話口には功明ちゃん自らが出て、「元気、これから帰るよ。おまわりさんと一緒」と話した。1回目の電話の後、家族は警察に通報。その後の電話は逆探知で臨んだが、通話時間が足りず、犯人の居場所を特定するには至らなかった。この翌15日に警察は逆探知を引き上げたのだが、そのことが痛恨事となった。妙な話だが、当時は回線の都合等で長期間の逆探知は難しかったともいう。犯人は声の感じから中年以上の男性と思われたが、それにしてはあまりにも場当たり的と言える犯行形態でもあった。その最たるものが、9月14日の夜に身代金を要求したこと。その頃、敬老の日の祝日は15日に固定されており、金融機関からの引き下ろしができないことは誰にでもわかっていた筈なのだ。その為か、犯人からの4回目の電話――最後の電話は、祝日明けの16日朝8時前。中1日置くという、あまりにもお粗末なものであった。その時には要求が1000万円に下げられていたが、結論から言えばその日午後、功明ちゃんの遺体が5㎞離れた寺沢川から発見されるという最悪のケースを迎える。“if”は禁句だが、最後の電話は逆探知が十分できる長さであり、前述のように捜査陣の手法には“?”も付く。司法解剖の結果、死亡推定時刻は14日夜から15日午前10時頃と判断された。つまり、犯人は功明ちゃんを電話に出すと、それで用済みとばかりに殺害したのである。それも、生きたまま川に投げ込むという残忍な方法だった。2002年に控訴時効が成立。群馬県警にとっては、戦後唯一の未解決誘拐殺人事件という不名誉だけが残った。この事件をモデルとしているのが、群馬県の地元紙である『上毛新聞』出身の作家・横山秀夫氏の小説『64』(文藝春秋)である。


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