【仁義なきホテル戦争】(11) Z世代の社長が打ち出す“新時代ホテル”の道筋

「ホテルは過小評価されている。未知なる可能性を見つけて、世の中に提示したい」――。複数のブティックホテルを運営するスタートアップ『水星』の龍崎翔子CEOはそう語る。龍崎氏は東京大学在学中の19歳時にホテル企画・運営の会社を立ち上げ(※現在の水星)、ホテルプロデューサーとして率いてきた。水星は現在、全国で4軒のホテルを運営している。水星が運営するホテルは、九谷焼を始めとする世界の工芸品を扱うギャラリーをリノベーションした『香林居』(※石川県金沢市)のように、これまでになかったコンセプトのものばかりだ。龍崎氏は新しい領域を開拓する理由について話す。「ホテルは駅から近いとか宿泊費が安い等、合理的に選択する側面が強い。だが、ホテルは人のライフスタイルに肉薄し得るドメイン(※領域)でもあるので、自分らしいと思える顕示的消費の場としてのホテルがあってもよいと考えた」。ホテルを開発する際は、「ホテルは街と人と文化を繋ぐメディアである」との考えを大切にしているという。「その土地が持っている空気感が、非言語的にお客さんに何となく伝わるようなホテルづくりを心がけている」。
“空気感が何となく伝わるホテル”として象徴的なのが、2021年に開業した香林居だ。土地に根付く歴史や文化、自然等を体験できる仕掛けが随所に施されている。地名の由来になった薬種商の向田香林坊が陶製の蒸留器で目薬を作ったと伝えられていることから(※諸説あり)、ホテル館内には蒸留水を元にして作ったアメニティー(※ボディーソープやシャンプー等)を用意。仄かに自然の香りがするアロマを使用し、サウナ付き客室も装備している。昨年5月には産後ケアリゾート『HOTEL CAFUNE』(※神奈川県川崎市)を開業。助産師や保育士が常駐しており、出産後の母親が心身のケアをしながら育児不安を解消する為のカウンセリングや育児指導を受けることもできる。龍崎氏の手腕が巧みなのは、自己表現としてビジネスを展開するだけではなく、Z世代の経営者ならではのマーケティング戦略を随所に取り入れている点である。2016年開業の『HOTEL SHE, KYOTO』(※京都府京都市)は、フロントにアイスクリームパーラーを併設。翌2017年に稼働した『HOTEL SHE, OSAKA』(※大阪府大阪市)は、全客室にレコードプレイヤーを備える。デジタルとアナログの融合等其々にコンセプトはあるが、「パーラーやプレイヤーについては戦略的な仕掛けだ」と龍崎氏。「お客さんが『このホテルに来たよ』と言いたくなる、わかり易さが必要だと考えた。レコードとか素材をちりばめておいて、ストレスなくSNS等で配信できる環境を整えたかった」。一方で、香林居は敢えて形容し難いホテルにした。「ここ2~3年、マーケティングのフェーズが変わっていて、皆が知っているところには行きたくないという時代になっていた。謎めいた空気感にすることが大事だった」。日本のホテルの在り方を変えていく存在となるか。27歳の若手経営者の手腕が問われるのは、これからだ。 (取材・文/本誌 梅咲恵司・星出遼平)

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