【世界で稼ぎまくるアニメ】(10) セクハラは依然として日常茶飯事…声優達の過酷な境遇

熱狂するアニメ業界で、注目の的となっている声優。アニメやナレーションといった声の演技だけでなく、歌やテレビ出演等、活躍の場は広がっている。だが、一見華やかな声優業界の闇と囁かれるのが、声優達が直面しているハラスメントや、その厳しい労働環境だ。近年、映画や演劇業界ではハラスメントを告発する“#MeToo”の動きが出始めている。一方で声優からは、今も表立った告発の動きは見られない。しかし、取材を進めていくと、その実態が見えてきた。ある業界関係者は、業界の悪習の根深さをこう表現する。「ハラスメントを経験せずに売れるというのは、正直あり得ないと思っている」。この関係者によると、ある有名アニメプロデューサーは、現場で共演した女性声優らに『東京ディズニーランド』でのデートを要求していたという。プライベートで“恋人気分”を味わう為に接待をさせていたのだ。実際、複数の声優が、このプロデューサーとのデートに応じていたという。時には未成年の声優が巻き込まれないよう、女性声優同士が協力し、持ち回りでデートを引き受けていたという。ハラスメントは多くの場合、アニメ等で配役の権限を持つプロデューサーや音響会社幹部等から声優に対して行なわれる。「仕事をあげる」等と権力をちらつかせ、個人的に親しい関係を求めるのだ。被害に遭うのは女性声優だけではない。男性声優が女性のプロデューサーやマネージャーからセクハラを受けるケースもあり、売れっ子声優が指名される場面も前出の業界関係者は見聞きしている。
アニメや映画の吹き替え等で活躍する現役声優のAさんは、「声優業界には芸能界の中で最も古い体質が残っている」と話す。Aさん自身も、所属事務所のマネージャーが若手声優らに接待を強要する場面を何度も目撃した。「マネージャーからは、プロデューサーや音響監督に接近して仕事を取ってくるようにと言われます。『枕営業の機会があれば、やればいい』とまで口にしていました」。過去に事務所の入所面接を受けた現役声優のBさんは、社長やマネージャーから「恋人はいるのか?」「いつ結婚するのか?」等と個人的事情を問い詰められた。更には、「いい歳だし、腰掛け程度でやるのがいい」「誰も君のことは欲しくない」と突き放されたという。それでも声優としての仕事を得る為に事務所に入りたかったBさんは、入所の意思を貫いた。このような入所希望者に対する事務所側の高圧的な態度は、多くの場合、“声優になる覚悟を見る為”として罷り通ってしまう。こうしたハラスメントが起こる根底には、声優の立場の弱さがある。声優が仕事を貰うには、キャスティングをするプロデューサーや企画にお金を出すスポンサー、仕事を各声優に割り振る事務所のマネージャーに自分をアピールしなくてはならない。しかし、声優としての実力や評価は見え難く、他の声優との単純比較も難しい。結果として個人的な繋がりで仕事を得たりするが、そこに力を持つ側が状況を利用する余地が生じる。声優として30年以上のキャリアを持つ咲野俊介さんも、「構造上、キャスティングをする側に偏ったパワーバランスが生まれています。役者はそのバランスの中で底辺にいる。年齢やキャリアもあまり関係ありません」と話す。実態を語る声優もほんの一部だ。今回、更に複数名の声優に取材を打診したが、ハラスメントを抱える業界に問題を感じていながらも、多くの場合、「話をすることができない」と断られてしまった。エンタメ業界の問題に詳しい『レイ法律事務所』の舟橋和宏弁護士は、「声優に限らず、芸能界で働く人はプロデューサーや事務所から仕事を貰う立場にあることが多い。すると、ハラスメントを受けても『仕事を回してもらえなくなるかもしれない』と告発や相談を躊躇う可能性がある」と指摘する。告発を躊躇うもうひとつの理由として業界関係者が挙げるのは、ファン層と儲けのシビアな問題だ。アニメの場合、ファンが若い女性声優に男性との交際経験のない潔癖さを求める、いわゆる“処女性”への執着があるという。声優にスキャンダルや男性絡みの報道が出ると、CD等の売り上げに顕著に影響が出ることもあり、事務所から交友関係を厳しく管理されるケースもある。仮にハラスメントの被害者として声を上げても、自身のファンからさえも非難される恐れがあるのだ。問題の根が深いのは、ハラスメントをした側が現場に残り続けていることだ。アニメは近年、作品本数が増え続け、現場は慢性的な人手不足に悩まされている。その為、問題のある人物でも1クール(=3ヵ月)だけ休んで復帰する等、以前と同様の現場で仕事を続けているのが実情だ。

咲野さんは、「世間的にハラスメントが問題であることは、声優業界でも認識されつつある。しかし、根っこは変わっていない」と話す。現在は多くの現場で、新型コロナウイルス対策としての分散収録が行なわれており、「更に見え難くなっているのではないか」(同)。声優の過酷さは、その“食えなさ”にも表れている。声優のギャラはランク制だ。キャリアを開始した最初の3年間はジュニアランクとして、アニメ出演等1本につき1万5000円と決まっている。ランクが上がればギャラも増える仕組みだ。ところが、ギャラが上がることで寧ろ仕事が来なくなる可能性もある。制作者がギャラの安い声優を起用し続けるからだ。職業としての人気も高まり、競争が激しい為、最低コストで使える声優は、いくらでも代わりが利いてしまう。事務所も、声優のギャラが上がると仕事を取り難くなる。所属声優に対し、ランクが適用される条件である『日本俳優連合』への加入を止めることもあるという。声優が安く使われる実態は、声優の年収調査にも反映されている。インボイス制度に反対する声優有志の会『VOICTION』が実施した声優収入実態調査によると、20~30代の声優の約半数が、声優の仕事による年収は100万円以下だと回答している。全年齢で見ても、4割超は年収が100万円以下だというから、その水準の低さは異様だ。更に同会の調査では、消費税の免税事業者への影響が大きいインボイス制度が始まれば「声優を廃業する可能性がある」と回答した人が2割に上った。声優使い捨ての体質を変えなければ、業界自体が廃れてしまう事態を招きかねない。 (取材・文/探査報道メディア『Tansa』リポーター 辻麻梨子)

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