【中外時評】 平成の終焉と“明治150年”と

あの日、高揚する編集局で平成時代のスタートを迎えた。1989年1月8日の未明である。昭和天皇逝去から18時間。『“平成”元年幕開け』の見出しが黒々と躍る試し刷りを手にしたものだ。記事には“平成(へいせい)”と読み仮名が振ってあった。「ヘーセーって間延びしてるなぁ」という声もあった。殆どの国民が初めて体験する改元である。どんな時代になるのだろう、世の中はどう変わるのか…。日本だけに通用する区分なのに、元号で括られた時代に、人々はやはり様々な思いを託すのである。その平成が終わる。天皇陛下の退位を認める特例法案が明日閣議決定されて、今国会で成立。平成の終焉と新時代到来のドラマが動き出す筈だ。来年は新元号発表、年末に新天皇即位、程無く改元といったスケジュールが想定される。となれば、俄かに懐旧の念が募る平成時代だが、精彩には乏しい。世変わりの頃、絶頂だったバブルはあえなく崩壊し、以後、曲折を経たがパッとしないままの歳月だ。少子高齢化が進み、生産年齢人口は細る一方である。政治は頻りに改革を叫ぶが、痛点を避けてばかりだ。若者も高齢者も将来不安に怯え、いきおい“守り”に走る。そんな平成の終わりに立ち会う時、人々の胸には、もう少し元気のいい時代への転換を待望する気分が盛り上がるかもしれない。折しも、来年は明治元年から起算して満150年。政府は1968年の“明治100年”に準じた記念式典を挙行し、各種イベントを仕掛けるという。平成から新時代への幕間を、タイミングよく“栄光の明治”が過ることになる。「明治以降の歩みを次世代に遺す」「明治の精神に学び、さらに飛躍する国へ」――。各省庁や地方自治体に“明治150年”関連施策の推進を呼びかける文書は、明治をこう称える。

立憲政治を導入し、鉄道を敷き、学校を作り、能力本位の人材登用を進めた明治期。近代化への道を直走ったこの時代に改めて光を当てることで、“日本の強みを再認識”すべきだという。明治への思いもわかるが、それにしても称揚一色の書きぶりではある。栄光の裏には悲惨があり、勝者の陰には敗者がいる。維新では多くの血が流れ、戊辰戦争に敗れた奥羽越諸藩は塗炭の苦しみを味わった。「敗者の群れの住む所として東北地方に新たにレッテルが貼りつけられた」と、佐々木克の名著『戊辰戦争』(中公新書)は言う。“栄光の明治”の象徴のように語られる日露戦争にも、多様な視点は必要だ。旅順陥落や連合艦隊の物語は華々しい。しかし、この戦争での勝利は満州(※中国東北部)への足がかりを齎し、昭和の戦争の導火線となった。新興国ならではの苦悩を伴っていたのも、明治という時代だろう。夏目漱石が『三四郎』の中で、広田先生に言わせた有名な言葉がある。「日露戦争に勝って日本はどんどん発展するでしょう」と言う三四郎に、先生は「滅びるね」と呟くのだ。そういう多面的な見方を含んだ“明治150年”であってほしい。しかし、平成時代の日本を覆い続けてきた閉塞感は、昨今流行りの“日本スゴイ”を生んだ。それは、“明治スゴイ”にも繋がるメンタリティーだ。政府の明治礼賛は、時代の空気をしっかり映していよう。嘗て“明治100年”の時にも、実は沢山の議論があった。式典で斉唱された記念の頌歌は、「〽光あり 誇りあり ここに100年…」と礼賛調だった。それでも、佐藤栄作首相は式辞で、「大きな犠牲をも払わなければならなかったこの100年間の苦難の歩みの中から、多くの教訓を学び取る」べきだと述べている。負の歴史を、未だ社会が共有していた時代だったのだ。それから半世紀。まさしく明治は遠くなる中で到来する“150年”だ。束の間、明治の光や誇りに酔ったとして、その先には平成時代に手をつけなかった多くの問題が待ち構えてもいる。 (上級論説委員 大島三緒)


⦿日本経済新聞 2017年5月18日付掲載⦿
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