【コラム】 “ポピュリズム”という言葉が覆い隠すもの

「ポピュリズムという妖怪が世界を徘徊している」――。コミュニズムに言及したこの『共産党宣言』の表現がパクられたのは、今年ではない。ナショナリズム研究で有名なアーネスト・ゲルナーらが、1967年に残した言葉である。当時、それは西欧以外の途上国の病理として考えられていた。昨年に続き、先進国の国政選挙が控える中、今、優勢な政治現象を捉えるのに、皆がこの言葉に飛びついた。「論壇はポピュリズム産業か?」と見紛うほどである。水鳥治郎が著書『ポピュリズムとは何か』(中公新書)で論じるように、この現象は自由民主主義国なのにというよりも、それ故に流行している。というのも、現代のポピュリズム指導者は、議会や国民投票といった民主的な制度に則る。男女平等・表現の自由・政教分離といったリべラルな価値を掲げ、それ故にイスラム教が本質的に持つとされる反リベラリズムを攻撃する。社会福祉も大切にし、そのタダ乗りを許さないといった形で移民を叩く。それ故、深刻なのである。他方、この言辞は酷く人を惑わす。その語源たる“ポピュルス”には、元々目を潰された奴隷を意味した漢字の“民”と異なり、古代ローマの都市自由人の香りがする。現代に引きつけても、20世紀初頭のアメリカ人民党が後の革新主義を準備したように、どこかポジティブだ。嘗て知識人がこの言葉を圧倒的にネガティブに扱い、警戒感を露わにしていた時代は去り、今やそれを政治とデモクラシーを活性化する解放的な政治運動として捉える論者も散見される。『オックスフォード英英辞典』の定義に従えば、それは“庶民の意見や願いを代表すると主張するタイプの政治”であり、表面上はデモクラシーと変わりない。

しかし、その内実は概して排外主義やデマゴーグであり、このポピュリズムという言葉で現象の全体像を表現できるのか疑問だ。その名辞は、排外主義やデマゴーグの側面を覆い隠す政治的機能を帯びてはいまいか。ジョシュ・ロウ(『ブレグジットに翻弄される移民たち』・ニューズウィーク日本版2017年1月17日号)は、ポピュリズムの典型例とされる昨年の国民投票の後、イギリスではポーランド系移民に対するへイトクライムが、殺人を含め41%も増加したという。他方、2001~2011年、ポーランド移民はイギリス経済に240億ドルほど貢献し、教育費換算で83億ドル相当の技能・知識・経験を齎した。当然だが、彼らの間には深い困惑が広がっている。類似例は、ドナルド・トランプ選出後のアメリカでも観察されている。更に、「この現象が途上国限定で、先進国のデモクラシーを壊すものではない」という想定はどこまで有効か? アンドレア・ケンドール・テイラーとエリカ・フランツは、そのような自信を共有していない。彼らによれば、1946~1966年にはデモクラシーの崩壊事例の64%が軍事クーデターによるものだったが、2000~2010年ではポピュリズムが主導する“権威主義化”が4割を占め、クーデターと同比率になった。その解体プロセスがゆっくりな分、対抗勢力の団結は難しい。そうした例は、徐々にポーランドやハンガリーに忍び寄る。彼らは「欧米先進国でそうならない」と信じる前に、それが本当かどうか考え直すよう促すのである(『民主主義はいかに解体されていくか』・フォーリンアフェアーズリポート2017年1月号)。“ポピュリズム”という言葉は覆い隠す。それで括られる現象が実際に何を齎すのか、目をよく凝らしてゆかなければならない。 (国際政治学者 遠藤乾)


キャプチャ  2017年3月号掲載
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テーマ : 大衆迎合政治(ポピュリズム)
ジャンル : 政治・経済

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