【解を探しに】第2部・引き算の世界(01) 出世イヤ、若者増殖中

経済や社会が成熟し、これまでの成長・拡大志向とは違う価値観が広がってきた。出世に拘らない、極力ものを持たない、人間関係は面倒臭いだけ――。“引き算”に向かう社会の光と影を見つめた。

20170525 03
「もうイヤになっちゃって」――。東京都内に住む高橋有人さん(仮名・31)は3年前、4年間勤めたIT関連会社を辞めた。理由は幾つかある。その1つが、上司のこんなセリフだ。「お前は同期の誰がライバルなんだ?」。連日深夜まで続く残業、土日出勤の無言のプレッシャー、そして同期を業績で競わせる社風。そのどれもが合わないと感じた。高橋さんの理想は、仕事3割・私生活7割のバランスだという。仕事は真面目に熟す。定時に退社し、アフター5で映画を見る。そんな生活を目指して転職した。給与は多少減ったが、「重い責任やノルマを背負わされ、部下の世話でストレスを溜めるくらいなら、出世なんてしたくない」と言い切る。昔から高橋さんのような社員はいた。しかし最近、「彼方此方で増えているのではないか?」と多くの職場で聞かれるようになってきた。それを裏付けるデータもある。産業能率大学の調査では、男性新入社員が目標とする地位は、バブル期の1990年度は“社長”が46.7%だったが、2015年度は14.2%しかない。「地位には関心がない」は逆に20.0%から30.8%に増加した。

「皆さんは管理職になりたいですか?」。昨夏、都内で行われた流通商社の30歳向け研修。人事担当者が席を外した際、人材研修会社の社員が尋ねた。手を挙げたのは23人中4人。「ノルマがきついのに権限が無い」「上司と部下の板挟みになった先輩が鬱病になった」。消極的な意見が会場を覆った。研修を担当した人材研修会社『シェイク』の吉田実社長は、「真面目だが、仕事に注ぐ力は70%。仕事にやり甲斐を見い出せず、責任を取りたがらない“ぶら下がり社員”が増えれば、日本は危うい」と警告する。「3人連続で断られました。どうすればいいでしょうか?」。昨年末、社会保険労務士・福田秀樹さん(43)の元を訪れた関西の小売企業の人事部長の顔は、青褪めていた。店長昇格を打診したところ、立て続けに拒否された。給与は上がるが転勤を伴う。「未知の土地に移り住み、部下を抱えて働きたくはない」のが、昇進を敬遠する理由だという。「『上司にゴマをすり、出世競争に勝ち抜けば明るい未来が待っている』という時代は、バブル崩壊と共に終わった」とみるのは、武蔵大学の田中俊之助教(社会学)。日本経済の先行きも不透明で、「社会的地位の向上・昇給・裁量の拡大といった昇進の魅力が薄れ、負のイメージが目立つようになった」という。管理職の担い手が会社からいなくなる――。現実味を帯びる未来を回避する方策はあるのだろうか? IT企業『カヤック』(神奈川県鎌倉市)には、部長より下の役職が無い。代わりに、半年に1度の社員の相互投票(実力ランキング)で給料を決める。結果も公表する。全社員が年2回参加する『ぜんいん社長合宿』では、社長になったつもりで経営課題を議論する。人事部の柴田史郎部長は、「社員1人ひとりが経営に関わる実感を持つことがやり甲斐に繋がり、会社が好きになる」という。「仕事は生活費を稼ぐ単なる手段」と語る若い社員が増える中、企業は“出世”に代わる仕事の魅力を示すことができるのか? 難題を突きつけられている。


⦿日本経済新聞 2016年4月12日付掲載⦿
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