【ヘンな食べ物】(38) ヒエ酒は“ア”で飲め!

中国南部からヒマラヤにかけての山岳部には、雑穀の稗で作ったユニークな酒がある。私はネパール、ブータン、そしてミャンマーで出会ったことがある。先ず、作り方が独特。炊いた小さな稗の粒を大きな壺にぎっしり詰め、麹を加えて1週間ほど発酵させる。すると、稗粒がアルコールの塊になるのだ。そして、飲む時に壺に湯を注げば、自動的に酒になるという仕組み。味はやや乳酸発酵しており、うっすらと甘酸っぱい。若干発泡している気がする時もある。韓国のマッコリを薄めたような、或いはカルピスサワーの甘みを抑えたような酒と言えば想像がつくだろうか。アルコール度数は低く、3%程度だろう。民族や地域によって飲み方が違い、それがまた面白い。ネパール東部では『トゥンバ』というアルミの容器に発酵した稗粒を入れ、そこに水を注いでストローで吸う。居酒屋では、いい年をしたオヤジたちがわいわい喋りながら、赤ちゃんのように両手でトゥンバを持ち、ストローでちゅうちゅう酒を吸っているのには笑った。ミャンマー奥地の少数民族・ワ族の村に住んでいた時は、冠婚葬祭の折に毎回、大量に飲んでいた。ワ族は高さ1mもある巨大な壺で稗粒を発酵させ、それに直接、水を注ぐ。それを柄杓や竹筒で汲み出して飲むのだが、その飲み方が尋常でない。必ず“2人1組”で飲まねばならないのだ。手順は決まっている。先ず、2人が向かい合ってしゃがむ(※ワ族の家は土間なので、低い腰掛けに座るかしゃがむ)。2人で酒の入った竹の杯(※400ミリリットルくらい)を同時に両手で掴み、「ア」と言う。

“ア”とはワ語で“私たち2人”という意味で、この時は“乾杯”を表す。先ず、片方(※Aさんとしよう)が杯を取り、ほんのちょっと口に付けて相手(※Bさん)に返す。恐らく、「毒が入っていませんよ」という意味だと思う。Bさんは杯を受け取ると、中国の乾杯宜しく一気に飲み干す。終わると、また相手と杯を両手で握り合う。続いて、AさんとBさんが立場を入れ替えて、同じ動作を繰り返す。初めて見ると、いい大人がウンコ座りをしたまま、手と手を取り合い(※そういう風に見える)、口をぽかんと開けて「ア」と言うのは笑える。実際にやってみると、かなり楽しい。私はワ族の土地に長期滞在した初めての外国人だったので、誰もが興味津々。一緒に“ア”とやると、厳ついおじさんたちも顔をくしゃくしゃにして喜ぶ。私も彼らの節くれ立って、酒の滴に濡れた(※何故か大抵酒がこぼれて濡れている)手を竹の杯ごとガシッと握ると、「あぁ、受け入れられてるなぁ」と嬉しくなる。ワ族は女性も酒を飲むので、お婆さんや若い女の子とも“ア”ができる。それも楽しい。といっても、喜んでいたのは最初だけだった。どの宴会でも、次から次へと村人が私の前にやってきては、「ア」と杯を差し出す。「あの珍しいガイジンとアがやりたい」と皆が思っているのだ。アルコール度数が3%くらいとはいえ、何しろ400ミリリットルくらい一気飲みだ。3回連続で“ア”をやると、腹はたぷたぷ、酔いも相当回る。で、見ると、目の前にワ族の老若男女の行列ができていたりしてゾッとする。逃げようとすると、腕をぐいっと掴まれ、“ア”。あまりに大量に飲むので、仕舞いには自分の体が稗酒の壺になったような気がしたほどだ。「あぁ、もうアはいいよ…」と嘆いたものだった。


高野秀行(たかの・ひでゆき) ノンフィクション作家。1966年、東京都生まれ。早稲田大学第1文学部仏文科卒。『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)・『アジア未知動物紀行』(講談社文庫)・『世界のシワに夢を見ろ!』(小学館文庫)等著書多数。


キャプチャ  2017年5月25日号掲載
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