夏草や兵どもが夢の跡――廃墟と化したアテネオリンピック会場の無惨な姿

東京に昭和39年以来、64年ぶり2回目のオリンピックがやって来る。その2020年開催に向けて、競技場建設の本格的な準備が始まった。国民の期待を背負って造られる競技会場だが、過去の開催地では大会終了後、全く使われなくなって放置されたままの悲しい競技場も存在する。平成16年夏、世界を湧かしたアテネオリンピック。その競技会場が今、廃墟化しているのだ――。 (取材・文・写真/写真家 カイ・サワベ)

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アテネ郊外北東部の町・マロウシ。オリンピック“元”メイン会場の西端に、屋外水泳会場がある。観衆のいない2つの観戦スタンドに挟まれた谷底に、青く水を満たした競泳用50mプールから、「ピシャ、ピシャ、ピシャ」と練習中の選手が水面を叩く音が響く。このプールに隣接して高飛び込み用のプールがあるが、こちらは底に少量の水が溜まっているだけだ。この高飛び込み用プールは、オリンピック以後使われていない。そして現在、飛び込み台は大きな墓標のように聳え立ち、タイル張りのプール底は白く晒されたままとなっている。オリンピック終了後に使用されず、放置されたままの競技場は他にもある。アテネ南西部のカリテアと、南部にあるエリニコンに作られた2つのサブ会場だ。カリテアには、ハンドボール、バレーボール、テコンドー用の屋内競技場と、屋外のビーチバレー競技場が設置された。ところが、この屋外のビーチバレー競技場は、オリンピック終了以後、手つかずのまま草木に埋もれている。元ビーチバレー会場は、ギリシャ海軍の船舶が停留する港と、ヨットハーバーがあるカリテアの小さな湾沿いに位置している。訪れる人の姿は無く、固くなった白い砂に影を落とす椰子の葉が、時折吹く風にカサカサと静かな音を立てる。メインコートとサブコートを合わせた約1㎢の巨大な敷地は民営化され、現在、ヨットハーバーと民間の開発会社に管理されている。数年来、再開発を目指して多くのオファーがあったが、その度に暗礁に乗り上げている。ただでさえ経済危機のギリシャで、新しい投資家を見つけるのは至難の業なのだ。

以前は国際空港の滑走路、更に元オリンピックサブ会場のメインストリート。オリンピックの最中は、中畑清監督率いる野球日本代表、更には上野由岐子をエースに置いたソフトボール代表の選手たちを応援する為に、多くの日本人が会場へと向かった海岸沿いの道だ。その広いコンクリートの地表にできた罅割れからは今、雑草が競うように頭を持ち上げている。野球のメイン球場の照明灯のマストが目立つが、球場の仮設スタンドは取り外され、その支柱だけが骸骨のように立っている。更に、野球場の向こう側は、カヌー会場が枯れた水底を露わにしている。また、球場を背にしてメインストリートの斜め左の逆側には、これまた廃墟になったソフトボール会場がある。スタンドこそしっかりしているように見えるが、フィールドは既に雑草に覆われている。オリンピックが終わり、野球もソフトボールもギリシャでは殆どプレーされず、カヌーも莫大な水道代を支払うことができず、事後は使用されずに今日に至っているのである。これらの敷地は大会後、その使用権をギリシャの大富豪が買い取った。そして、「この広大な土地をリゾート兼高級住宅街&ショッピングモールにする」という壮大な青写真を作り、「さぁ、開発計画が始まるか」と思われた。しかし、「海岸を個人所有にするのは違法である」と地元住民が提訴して、計画は停止。平成26年にこの再開発計画の差し戻し判決が下り、全てが白紙に戻ってしまった。アテネオリンピックでは、新競技場建設に総工費46億円が投じられ、更には地下鉄や市電等のインフラ、安全警備への支出等も合計すると、78億円が費やされたという。ひと夏のお祭り、ひと夏の思い出。しかし、用が無くなった競技場は今、人の記憶からも薄れ、朽ちるともなく佇んでいる。夏一過。兵どもが去った後の夏草は、立ち枯れて残るのみ。東京オリンピックは、果たして大丈夫だろうか?


キャプチャ  第4号掲載




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