【コラム】 個人の嗜好まで奪う“不寛容社会”でいいのか?

最近、“不寛容社会”なる言葉が巷間を賑わせている。例えば、テレビCMや企業イべントでちょっとでも突飛な表現があろうものなら、視聴者から「直ぐに放送を中止しろ」「謝罪・訂正しろ」とクレームが入るとか。確かに、ものによっては公開すべきか慎重に判断しなければならない場合もあるが、私が見聞きしたそれらの多くは、殆どが問題ないものばかり。近代国家になって漸く獲得した言論の自由・表現の自由を、市民自らが足を引っ張るというのは何とも悲しい話である。もっと情けないのは、子育てを巡る話だ。周知の通り、首都圏では保育園が足りず、待機児童が問題となっている。昨年は国会でも、ある母親がブログに上げた“日本死ね”というフレーズを巡って論戦に沸いたが、この問題がややこしいのは、問題の所在が行政サイドだけではないことだ。問題は寧ろ住民同士の対立で、行政は間に立ってどちらの言い分も聞かねばならず、汲々としている。乳幼児を育てる母親たちは、我が子を保育園に預けて職場復帰したいが、入れられる園が見つからない。だから、保育園の建設を求める。ところが、建設予定地周辺の住民たちは、「子供の声が煩い」「楽器や遊具の音が煩い」と反対側に立つ。悲しいかな、この反対派には何と、小学生の子供を持つ母親も入っているという。この話を聞いた時は我が耳を疑った。どうして、同じ苦労を知る母親が反対に回るのか? なんでも、建設予定地が児童公園で、子供たちが日頃遊んでいる場所なのだという。つまり、「自分たちは保育園にもう用は無く、寧ろ今ある公園を使いたいから反対だ」と。数年前まで保育園を利用し、その苦労を知る人が反対に回るなんて、世知辛いとはまさにこのことだ。確かに、遊び場は1つ減るかもしれないが、小学生と乳幼児の発達度合いを比べれば、それは問うまでもない。弱者を優先するのが人の道理だ。読売新聞が今年1月に発表した調査によれば、「保育園の子供が出す音や声が煩い」という苦情は、アンケートに回答した146自治体中、109自治体が受けていたという。更には、苦情が原因で保育施設の開園を中止・延期したケースが16件もあるそうだ。社会が豊かになった一方で、人々は心に壁も設けてしまったようだ。日本人はここまで狭量になってしまったかと、嘆かわしい限りである。

不寛容社会と言えば、50余年の愛煙家の私にとって許せないことが1つある。それが、今、検討されている受動喫煙対策だ。健康増進法改正案として愈々法案提出が見込まれているが、人の嗜好にこれ以上国家が介入していいものだろうか? 周知の通り、これまでの事業者や店舗等の努力によって、分煙は十分に達成されている。ただでさえ愛煙家は肩身を狭くしているのに、今回の改正案が通れば、罰則規定が加わり、違反すると過料が取られるという。煙草を吸うことがそんなにも罪なのか? とんでもない法案が今、審議されている。先ず言いたいのは、国が法律で規制しなくとも、事業主や国民は色々と工夫しているということだ。今、どこの公共施設や商業施設に行っても禁煙が基本で、喫煙が許されるのは喫煙ルームのみ。愛煙家は、このルールにきちんと従っているし、分煙によって嫌煙者に迷惑はかけていない筈だ。これは飲食店も同様で、お酒落なレストランや拘りの割烹等は基本的に禁煙。代わりに別室に喫煙スペースが設けられていて、私たち喫煙者もそれに従っている。一般的な居酒屋だって禁煙席と喫煙席に分かれていて、お客さんも当然、それを承知して来店し、自分の席を選択している。仮に全面喫煙可の店だとしたら、「ここは喫煙者のいる店だ」と認識して入っている訳だ。当たり前のことだが、表示があれば人はそれを見て判断するので、法律改正する必要などなく、この店は禁煙か分煙か喫煙可か、店先にわかり易い表示を出すように促せば、全ては事足りる話なのである。因みに、国や一部の地方自治体は、分煙推進の為に、中小企業事業主向けに分煙対策の助成金を出している。若し、未だ分煙対策が必要な施設や店があるとすれば、これらを活用してくれればいいだけの話だ。今回の改正案が可決されると、従来の分煙では許されないらしい。厚生労働省が設置要請しているのが“喫煙室”というもので、要するに電話ボックスのような喫煙のみを目的とした小部屋の設置だ。駅の喫煙ルームのようなものだが、公共施設や大企業ならまだしも、個人の飲食店が果たして対応できるだろうか? 分煙の為、これまでに換気設備を用意した店等は、また一からやり直し。とんでもない負担がかかる。厚生労働省がしゃかりきになって健康増進法改正案を進めようとしているのは、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向け、禁煙レべルを世界基準にしたいから。私は内閣の要請を受けて、海外出張に出ることも多いのだが、日本と海外では抑々、喫煙環境が異なることも指摘しておきたい。

雨の多い日本では外で食事するという文化が無いが、欧米ではテラスで風を感じながら食事することが贅沢とされる。だから、海外の飲食店は、店内こそ禁煙だけれども、テラス席は喫煙可。皆、テラス席でワイン片手に煙草を楽しんでいる。抑々、欧米では禁煙とされている屋外は限定的で、街角のあちらこちらに灰皿が設置されている。多くの人は、そこで煙草を楽しんでいるのだ。ところが日本は、ここ10年の禁煙ムードの高まりで、路上の灰皿は殆どが撤去。極めて限定的な喫煙スペースのみになってしまった。しかし、愛煙家たちは健気にも、そこで肩を寄せ合い、ルールを守って喫煙している。ポイ捨てなんて以ての外。人によっては携帯灰皿を持参してさえいる。実は、海外の政府要職者には喫煙者が多いのだが、彼らと話をしていると、「日本のスモーカーはマナーを守り、紳士的。寧ろ肩身の狭さが可哀想だ」と感心と同情を寄せられる。厚労省は「世界基準の禁煙対策だ」と言うが、同省並びに塩崎恭久大臣には「抑々の海外の喫煙状況をもっと見てほしい」と言いたい。煙草とは、人類が発見した愛すべき嗜好品だ。お酒が好きな人がいるように、煙草が好きな人がいる。だから、必需品である米・味噌とは違い、煙草は贅沢品だからという理由で、また明治時代に戦費調達という理由で、“煙草税”が設けられた。私にとって煙草は必需品なのだが、こういった理由で徴税されるのは納得できる。しかし、今のたばこ税はじりじりと上がりに上がって、何と税率約65%。いくらなんでも高過ぎはしないか? しかも、その使われ方が納得いかない。旧国鉄が1987年に分割民営化し、JRになったが、国鉄時代の借金が27兆円あった。当然ながら、これはJRが引き継ぐべきものだが、何とこの補填に我々のたばこ税が1本あたり1円使われているのだ。私は、愛して止まない『ゴールデンバット』を1日70本吸っているが、つまり1日70円、1ヵ月で2100円、1年で2万5000円余りJRに納めている。それでいて、JRの喫煙ルームは狭く、駅の端にしかないので、辿り着くのも一苦労。「勘弁してくれよ」の一言だ。ドル箱の東海道新幹線を以てすれば、全JRを賄い、自力で借金返済は可能なのに、それとは関係のない愛煙家を捕まえて納税させる。民進党ではあるが、同じく愛煙家の野田佳彦元首相も言っていたが、これでは税制を通じた“オヤジ狩り”だ。言うまでもなく、日本は自由を謳歌できる国だ。煙草を嗜好するもしないも、人の自由。これ以上、国家が人の嗜好に介入しないことを切に願っている。 (内閣参与 飯島勲)


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