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【新聞ビジネス大崩壊】(10) 「痛みを伴う業界再編と記者の原点回帰が必要だ」――河内孝氏(『毎日新聞社』元常務)インタビュー

新聞のビジネスモデルは既に崩壊した。では、今後もメディアとして生き残る為には、どのような改革が必要なのだろうか? 『毎日新聞社』元常務の河内孝氏が、抜本的な改革案を示す。 (聞き手・構成/フリーライター 青木康洋)

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この10年間で起きている“新聞凋落”は、世界的な傾向と言っていい。少し前の話になるが、2008年にアメリカでそれまで発行部数・売上共に全米2位だった『トリビューン』が、負債総額130億ドルを抱えて破産手続きを行った。それ以後、アメリカでは堰を切ったように新聞社の経営破綻が相次いだ。倒産情報専門の『新聞死亡ウォッチ』なるどぎつい名称の専門サイトまで登場する始末である。以来、現在に至るまで、アメリカの新聞業界は急激な大淘汰の渦中にある。翻って、日本の新聞業界は、そんなアメリカをどう見ていたか。2009年の合同新春所長会議の席上で、『読売新聞』の渡邉恒雄会長が述べた挨拶を引用してみたい。「欧米の新聞は収入の8割を広告に依存しており、半分になったらもう経営ができない。戸別配達の割合が少ないので、販売収入も安定しない。日本は広告依存度が3割程度で、完全戸別配達網が確立しているおかげで、経営は安定している」。確かに、日本の新聞業界をそのままアメリカと比較することはできない。アメリカで全国紙と呼べるのは『USAトゥデイ』『ウォールストリートジャーナル』『ニューヨークタイムズ』くらいで、それ以外は1400余りの地方紙が乱立している。それに対して、日本では5大全国紙(朝日・読売・毎日・日経・産経)とその系列のスポーツ紙や夕刊紙、それに加えて有力地方紙が60~70紙ある程度。全て合わせても100紙前後である。日本は、人口こそアメリカの3分の1強でありながら、総発行部数はアメリカより多いくらいだ。渡邉氏の言うように、経営基盤はアメリカに比べて安定しているとは言える。だが、渡邉氏の発言から7年が経過した今、日本の新聞社経営も流石に尻に火が点いてきた。

今年に入って、『朝日新聞』が段階的な賃金カットを発表したことは記憶に新しい。同社は「2020年度に総額100億円のコスト減を目指す」と言うが、他の大手新聞社も何らかのコストカットを迫られるのは必至である。新聞業界は最早、待ったなしの状況になってきているのだ。これまで、我が国の新聞社は国によって手厚く守られてきた。アメリカの新聞シンジケートの多くは上場企業であり、買収や合併を繰り返してきたが、『日本新聞協会』加盟の新聞社の中で上場している会社は、私の知る限り1社もない。それは、市場からの監視を受けずに済むということだ。しかも、日刊新聞法によって株式の譲渡には取締役会の承認が必要とされているから、経営陣にしてみれば会社を乗っ取られる心配は先ず無い。更に、新聞は再販適用業種である為、末端での値崩れが起こらない。それに加えて、日本独特の専売店制度に支えられてもきた。よく、「日本の新聞購読率が世界最高水準にあるのは、戸別配達制度にある」と言われるが、実は、世界的に見ても類のない専売店制度に、そのカラクリがある。発行本社との専売契約の為に1地区で1紙しか売ることのできない専売店は、生き残る為に部数を拡張するしかなかった。新聞を発行する本社側も、経費補助や目標部数を達成した時の報奨金等によって、専売店の忠誠心を繋ぎ止めてきたのである。他業種では先ず考えられないほどの経費をかけて、新聞本社は必死に専売店制度を維持してきた。3ヵ月の購読カードの生産費が2万円以上という、採算度外視の商法が罷り通ってきたのである。勿論、一頃の携帯電話の“ゼロ携帯”のように、原価割れしてでも販売競争をする業種が他に無い訳ではない。だが、当時の携帯電話の場合、利用者がゼロの状態からスタートして1億人にまで膨らむほどの急成長市場だった。それに比べて、斜陽産業である新聞業界は、今も尚“ゼロ新聞”をばらまいているのだ。相も変わらず各新聞社は、発行部数が如何に多いかという見栄の張り合いを止めていない。実際の読者数以上の新聞紙を販売店に送り込み、発行部数を多く見せる悪しき商習慣を止めることができないでいるのだ。自殺行為という他はない。厳しい言い方になるが、新聞はこれまで恵まれ過ぎた環境にあった。そういった微温湯体質が簡単に抜けるとは思えないが、大出血を覚悟してでも今、改革を行わなければ、荒涼たる風景が眼前に広がったままだろう。どんなビジネススクールでも最初に習うことだが、構造不況に陥った業種がやらなければいけないのは業界再編である。新聞社が先ずしなければいけないのは合理化だ。現在の新聞社は、原料(新聞用紙)の購入から印刷・流通・販売という全過程を、個別に保有して運用している。この構造を、記事を取って編集して発信する機能だけに特化するのだ。原料購入から印刷までは業界全体で立ち上げる共同印刷に、流通・販売は共同販売会社に業務委託すればいい。つまりは、出版業と同じようなスタイルにするのである。現行の新聞産業では、原料購入から印刷・流通・販売までのコストが営業費用の60%を占めているから、これによって大幅なコスト減が期待できる。

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勿論、大きなデメリットもある。これまで本社が生殺与奪の権を握ってきた専売店システムが消滅することは、即ち現在の発行部数が大幅に減ることを意味する。しかし、考えてみれば、これまでがおかしかったのだ。ビール業界に置き換えて考えてみよう。どこの酒屋に行っても、『キリンビール』・『アサヒビール』・『サントリー』・『サッポロビール』といった銘柄のビールが全て置かれている。新聞の販売だけが専売店契約になっていて、“朝日新聞しか”、或いは“読売新聞しか”扱っていないことのほうが異常だったのである。共同販売になったとしても、個別配達は維持されるだろう。ならば、読者のほうで好みの新聞を指定すればいいだけのことだ。販売店にしてみても、新聞毎ではなく地域を独占できる訳だから、経営が安定する。全ての新聞を平等に扱わねばならないので、無理な拡張競争や売れていない新聞を抱え込む必要がなくなるのである。その結果、新聞は記事の信頼性と品質を消費者が選ぶという、本来あるべき姿に戻るだろう。そうなると問われるのは、新聞記事の品質、そして個性だ。新聞の原点は、情報の収集と発信にある。記者たちは足腰を使ってニュースを掘り起こして、鋭い分析を加え、読者の興味を惹く記事を世に送り出すことに注力するべきである。ネタは芸能界でもヤクザの世界でも、何でもいい。他人が行かないところに真っ先に駆けて行き、新鮮な記事を書く。古い表現だが、夜討ち・朝駆けの精神をもう一度取り戻すべきだろう。将来の新聞像を考える時、しばしば“紙でやるのか電子でやるのか”という点が話題に上るが、それは単に伝送路の話であって、問題の核心ではない。大切なのはコンテンツなのである。コンテンツ発掘という点なら、新聞社には長年培ってきたノウハウがあるではないか。新聞は今、原点に立ち帰る時期に来ている。 =おわり


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