寺の貸地に反社会勢力が闖入した挙げ句の裁判…東京の仏具店・寺院・マンション業者による不穏紛争

「建物を売却した覚えはないが、暴力団に拳銃や刃物を突き付けられ、毎日のように脅迫され、家族を守る為に退居せざるを得なかった。退居後、間髪入れずに建物は解体されてしまった」――。聞くにつけ恐ろしい話だが、何とお寺も巻き込まれた事件である。話の主は、東京都内にある老舗仏具店『K』の代表・Y氏。Kは、都内の曹洞宗系単立のX寺から借りた土地に、鉄筋コンクリート造5階建ての店舗兼居宅のビルを建て、長らく経営してきた。しかし、その借地権付建物が反社会勢力の介入により奪われ、取り壊され、更には今、まさにその土地にマンションが建設されているのだ。一方、地主のX寺としてもとんでもない事態だ。勿論、反社会勢力なんかにお寺の土地を貸したい訳ではない筈だ。それならX寺は被害者の筈だが、奇妙なことに、原告がKで、X寺が被告の訴訟になっている。一体、どういうことか? 問題となった土地は元々、X寺があった場所だが、関東大震災によりX寺が焼失。同寺は昭和3年、同地から約10㎞北に離れた場所に再建された。Y氏は、都内に明治20年創立のKの5代目。KはX寺所有地を、X寺の先々代の頃から代々賃借して店を構えていた。Y氏が借地権確認等を求めて東京地裁に提訴したのは、平成27年9月。被告はX寺と、当該地のマンション建設の為にX寺と地上権設定された定期借地契約を結んだ不動産大手の『M』。先ずは訴状等から、経緯を簡単に振り返ろう。平成11年5月、Y氏とX寺の間で賃貸借契約を更新。内容は土地約196㎡、期間は30年で、平成11年6月1日から平成41年5月31日、賃料は月37万5000円というもの。更に、Y氏は平成19年、隣接するX寺所有地に建つ木造居宅等借地権付建物4軒を購入。その土地約339㎡について、平成19年3月31日から平成49年3月30日の期間30年、賃料月額38万5000円の新たな賞貸借契約を締結。この契約に際し、X寺とY氏は契約内容を一本化し、Y氏は最初の契約の期間更新料として、X寺に1500万円と条件変更承諾料435万円の計1935万円を支払った。
この時点で、Y氏は何れ同地に同社の新社屋を建設するつもりだった。新たな契約地には、平成21年初頭に軽量鉄骨造り平屋建ての倉庫が建てられた。良好な関係だった筈の両者だが、事態は思わぬ方向に進む。俄かにKの経営が思わしくなくなったのだ。この為、Y氏は不動産業や電気通信業を行うA社から2000万円を借り入れた。その担保として、A社は平成23年8月、本件各借地権付建物に、極度額2600万円の根抵当権を設定した。しかし、返済に窮したY氏は同年12月、建築設計事務所の『S』から「借地権付建物を更に担保にして返済資金を用立てるか、建物自体を高く売却して返済資金を用立てるか」と提案され、同日、Sと売買予約を原因とする本件建物の所有権移転仮登記を行ったのだ。前後して、Aは同借地権付建物の競売の申し立てをしており、同時にY氏はAから債権譲渡を受けた暴力団構成員から、返済を執拗に迫られていたという。翌平成24年5月、Y氏は同借地権付建物を約2億8300万円でSに売却。同年9月に所有権移転本登記がなされた。借金苦にあったY氏が本件建物を手放しただけに思える。が、当のY氏が異を唱えるのだ。後述するように、Y氏は「所有権移転の意思は無く、これらの契約は競売にかかる話し合いの中で、委任状や実印を冒用して交わされたものだ」と主張。また、ここまでの担保契約も売買も一切、地主のX寺を介さずに無断で行われていたのだ。話を戻そう。同借地権付建物の所有権を得たSは、平成25年2月にG社に同所有権を転売した。すると、Gは直後の3月、Y氏と家族、そしてKを被告に、東京地裁に建物明渡請求訴訟を起こす。Y氏らが退居しなかったからだが、Y氏によれば、その明け渡しは冒頭の話にあるように、暴力団から脅迫された結果、追い出されたのだという。しかしこうして、同25年6月末には、同土地上の全ての建物は解体、更地にされた。本当にそんな暴力的建物解体なら、この時点でY氏には警察に届ける等する方法があったように思えるが、Y氏は何故か警察に助けを求めた様子はない。一方、X寺としては、ここまでくれば新たな借地人を認めざるを得なかった。X寺はGを経て、同年9月、Mとマンション建設の為の定期借地契約を結んだ。敷地は、Y氏が賃借していた新旧土地を含むX寺所有地約1022㎡。地代は極めて安く、月45万円・期間62年の契約で地上権設定された(※契約金は不明)。斯くして現在、14階建てマンションが、今年6月末の完成予定で工事中だ。お寺が訴えられる筋合いはないように考える。だが、Y氏は次のことを訴えているのだ。①原告とX寺との借地契約は継続して存在していることを確認する②賃料不払いによる借地契約解除の無幼③被告のMに対して地上権設定登記の抹消手続き、及びマンション建設の差し止め――だ。全てを失ったY氏は、根本原因となったSとの契約の不実を立証したい。その為、先ず「X寺との借地契約が継続していることを確認する」と提訴しているのだ。以下、寺院との答弁に絞り、①②の主張を見よう。
先ず、①借地契約の存否についてのY氏とX寺の答弁だ。
②の賃料不払いによる契約の解除についてはどうか。Y氏「平成24年3月、Aから債権譲渡を受けた暴力団構成員から、執拗に借金返済を迫られた。そこに、『物件の競売取り下げに必要な書類を用意する』という話がきて、その暴力団構成員の上司を名乗る不動産会社に原告の印鑑証明書と実印を持っていき、委任状にサインした。同年8月、競売申し立てが取り消されて安心していると、9月にSに所有権移転登記されたことが判明した。トイレに行った間に書類が捏造された」
X寺「経緯については不知。原告は自分が被害者かのように言うが、全くの虚偽・捏造だ。原告には、これまで散々な目に遭わされてきた。平成19年に借地契約を更新した時には『自社ビルを建てたい』と言っていたが、その後は『賃貸マンションを建てる』『老人ホームを建てる』『借地権を売却して分譲マンションを建てる』等、話がころころ変わった。その度に関係者と面会したが、二転三転するので、原告の経済状況を危惧していたところ、平成22年3月にインターネットで本件土地借地権が売りに出されていると知った次第だ」
Y氏「Sへの売買代金も、手付金等1620万円を受領しただけで、残りは受け取っていない。故に、原告とSの売買契約は存在しない。この登記は不実だから、原告は引き続き本件借地権を有する。Gは経緯を知りつつ、Sから所有権移転した。本件借地権付建物の取得の為、GとSが謀ったことだ。更地になったことを奇貨としてマンション建設を計画したMも、経緯を知っていた筈だ」
X寺「原告の変転する話に付き合ってきたのは、当寺の所有地に変なところが絡んでくるのを防ぐと共に、付き合いの長い原告の窮状を少しでも助けようとしたからだ。そこに全く知らないSの仮登記が付けられたことを知り、『何とかSと直接採触せずに処理できないか』と考えていたところ、『東証1部上場のMがマンション建設を請け負う』との話が持ち込まれ、責任役員会で検討の上、この話に乗ったのだ。それに、複数の会社を経営し、多くの財産を持つ原告が、言われるまま委任状に記載し、実印を捺し、印鑑証明を交付したとか、トイレで席を外した時に勝手に捺印されたとかの話は、到底信じられない」
X寺「契約では、『3ヵ月地代を納めなかったら無催告で契約解除できる』としていた。しかし、原告は何れの契約も、平成24年5月から平成27年11月の間の計2408万円分を支払っていない。それ以前も支払いは滞りがちで、2ヵ月以上遅れたことも、督促することもあった。信頼関係は完全に破壊されている。万一、何らかの理由で賃貸借契約が有効に存続していたとしても、訴訟を早期に決着させる観点から契約を解除する」
Y氏「X寺はGと意を通じて更地にすることに協力し、Mと定期借地契約を締結し、原告が本件土地を利用できない状態にした。その間の賃料に支払い義務は無い。滞納しても、何れも後に支払っている。よって、契約解除の理由もなく、X寺の権利艦用は許されない」
X寺「原告は、平成24年2月のX寺との会談を欠席して以降、X寺に来ず、何の連絡も無かった。それなのに今頃、借地権の存在を主張している」

今年2月、東京地裁は「原告・Y氏の請求には何れも理由が無い」として、棄却する判決を下した。K周辺の同業者らに取材すると、やはりY氏の放漫経営は知られており、「正規金融機関以外から多額のお金を借りたのだろう」との話だった。当然、お寺は全面勝訴な訳だが、原告は控訴に向けて動いている。しかし、巻き込まれたX寺は、答弁書でこう話している。「寺院所在地と離れていたので賃貸していたが、いずれは別院を建てようと思っていた土地。マンションなど建てさせたくはなかったが、やむを得ず認めたもので、定期借地契約にしたのも、たとえ62年間の長期契約であれ、将来お寺に土地が戻るようにするためです」。お寺の望まぬマンションは、もう建ってしまった。寺領を分散して持つお寺も多かろうが、「貸した相手にも常に目配りが欠かせない」という教訓か。それに、寺領そのものをハイエナのように狙う輩もいる訳である。

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