【管見妄語】 巨人アマゾンとの戦い

宅配便は、ほぼ毎日我が家に来る。半数は最大手の『ヤマト運輸』だ。家人の留守に来ると、「何月何日何時何分に何を持参したが不在でした」という通知を残してくれる。1週間も家を空けると、同じ荷物につき数枚も通知が溜まっている。再配達を頼む時は申し訳ない気分だ。配達員は、繁忙期には1日に300個も配るという。3分に1つずつ配達したとして15時間かかる分量だ。荷物を抱えて走っている配達員をよく見かけるが、そのせいだ。最近の新聞報道によると、ヤマトが配達員にきちんと残業代を支払っていなかったという。サービス残業をさせていたのだ。「過去2年間に遡り支払う」と会社は発表した。どう算定するのか不明だが、数百億に上ると思われる未払い金をなるべく早く払ってほしいものだ。ヤマトがこれほど忙しくなったのは、インターネット販売の巨人『Amazon.com』の為だ。Amazonの厳しい配達単価に耐え切れず、2013年に『佐川急便』等が撤退した為、ヤマトがほぼ一手に引き受けることになった。Amazonの配達単価は200円ほどと言われている。東京に住む私が徳島の友人に本1冊を送るだけで1000円ほどかかる。この10月からは更に百数十円値上げされる。ヤマトは、Amazonによる赤字を国民からふんだくることで補填しているとさえ言えよう。ヤマトの宅配便取扱量は、この5年間で3割も多くなっているが、Amazonの赤字があるから人員増もできない。配達員の時間当たりの給料は、全産業平均より2割も低い。残業代の支払いを控え、ヤマトはようやっとAmazonとの単価引上げ交渉に入った。「配達員という弱い者苛めは最早続けられない」と観念したのだろう。遅過ぎるが当然だ。戦いになろう。

他の通販に近い単価(300~400円)への引上げをAmazonが拒否するなら、佐川のように撤退する覚悟で臨むべきだ。この覚悟が無い限り、海千山千のAmazonには勝てまい。戦いの帰趨は、ヤマトだけでなく、全ての配達員の過重労働と安月給の是正、そして物言う大口客によって生まれた赤字を、物言わぬ一般国民に穴埋めさせるという歪な業界体質の改善に繋がる。実は、この戦いは単なる価格交渉ではない。日本の文化防衛に関わる。日本の書店数は、ここ15年で半減している。ケータイやスマホの普及等による若者の読書離れ、Amazon等オンライン店の著しい成長等で、町の本屋の経営が成り立たなくなったのだ。Amazonなら町の本屋と同じ値段で買え、無料で翌日には家まで届けてくれる。本屋まで行く手間、目指す本(※大抵は無い)を探す手間、重い本を持ちかえる手間等が無い。この為、ここ数年間で書店ばかりか、取次店、そして出版社までが次々に潰れている。町の本屋こそは、嘗てどんな田舎の駅前商店街にも少なくとも1軒はあって、いつも黒山だった。知識・教養・文化というものの存在を人々に思い起こさせる、町の知の拠点だった。今や、その多くが消えてしまった。大半の書店が消滅したら、Amazonが書籍市場を掌中に収めることになる。送料無料や学割等の過剰サービスは書店を消滅させるまでで、逆に一気に本の配送料を上げるだろう。また、Amazonに都合の悪い著者や出版社は書籍市場から追放されることになる。Amazonは出版物の価格や販売の決定権を握り、編集にまで口出しするだろう。こうなると、言論の自由さえAmazonに絡め取られてしまう。私の家族にはAmazonでの書籍購入を認めていない。地元の本屋で買う、無ければ注文するよう命じている。町の本屋を守るということは、我が国の知的水準を保つ為に決定的なのだ。Amazonを急激に巨大化させた送料無料というあり得ないサービスは、配達員の涙と一般国民の犠牲により成り立っていたのだ。我が国の活字文化と言論の自由を守る為、交渉におけるヤマトの不退転の決意に期待する。


藤原正彦(ふじわら・まさひこ) 数学者・お茶の水女子大学名誉教授。1943年、満州国生まれ。東京大学理学部数学科卒。同大学院理学系研究科修士課程数学専攻修了。ミシガン大学研究員・コロラド大学ボルダー校助教授等を経て現職。著書に『藤原正彦の人生案内』(中央公論新社)・『この国のけじめ』(文藝春秋)等。


キャプチャ  2017年6月1日号掲載
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