『神戸山口組』に衝撃! “女房役”の序列2位・入江禎が突き付ける離縁状

2015年8月、井上邦雄組長を担いで、心を1つに新組織を立ち上げた筈だが、今や『神戸山口組』には隙間風が吹いている。『6代目山口組』側への人材流出が続く『2代目宅見組』のお家事情に苛立つ入江禎組長は、『山健組』との距離感にも悩みを深めているという――。 (取材・文/フリージャーナリスト 柳沢十三)

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今年4月5日、兵庫県神戸市内の繁華街近くに立つビルの周囲には、いかつい男たちの集団があった。彼らは、建物と、そこに出入りする男たちに向かって鋭い視線を送っていた。「ビルの前に立っていた男たちは、兵庫県警の捜査員。このビルは、神戸山口組(井上邦雄組長)が新たに神戸市内に築いた拠点と見られる。神戸側の本部とされる淡路島の建物は、本来、神戸側の寺岡修若頭が会長として率いる侠友会の本部。また、執行部会が開かれる神戸市内の建物は、井上組長がトップを兼任する4代目山健組の本部を間借りしたものだ。だから、侠友会と山健組の負担はこれまで非常に大きかった。そこで、そうした負担を均等化する狙いから、新拠点の運営は神戸側の傘下組織から選ばれた当番組員らによって、持ち回り制で行われると聞いた」(関西地区に拠点を構える他組織幹部)。間の悪いことに、この2日前、兵庫県警は淡路島にある神戸側本部の通りを挟んだ向かいに、24時間監視体制の“特別警戒所”を開設したばかりだった。淡路市や県警の幹部らが出席した開設式典は大々的に挙行され、その模様は予め呼んでいた大手マスコミにより報じられた。「その直後に新しい拠点を神戸市内に置かれてしまったんですから、県警は面目丸潰れでしょう。一方の神戸側としては、組織の結束や勢いを6代目山口組(司忍組長)に対してもアピールできたと思います。ここ最近、『織田絆誠若頭代行(4代目山健組副組長)が組織から抜けるんじゃないか?』といった噂が実しやかに流れていたこともあって、神戸側にとっては久しぶりに前向きなニュースでした」(全国紙関西支局社会部記者)。

だが、こうした表向きの攻勢とは裏腹に、神戸側では深刻な事態が起きていた。実は、神戸側でナンバー2のポストにある入江禎副組長(2代目宅見組組長)の動向に関して、色々な憶測が飛び交っていたのである。3月15日、神戸側では執行部会が山健組本部で開催され、そこに入江副組長の姿は無かったのだが、これが後にヤクザ業界やマスコミの間で話題となっていく。神戸側の傘下組織元幹部が語る。「パクられたり、病気等の理由で、定例会や執行部会に姿を現さない幹部や直参も、時にはいる。だが、入江副組長は真面目な方だから、組織の行事を休むことはあまりしなかった。6代目時代のお彼岸等の墓参でも、群れることが嫌いなのか、他の執行部らと少し離れた場所で待機していたとしても、しっかりと参拝はしていた」。ただ、入江副組長が執行部会を欠席した理由が「通院の為」との話も聞こえてきた為、この時点では未だ注目されていなかった。業界の見る目が一変したのが、その後、同31日の午前中に山健組本部で開催された緊急の執行部会である。何と、入江副組長が再び欠席したのだ。緊急の集まりだった以上、予てからの大切な予定を動かせなかった可能性は確かにあるし、若しくは通院しているのであれば、病状の悪化も考えられた。ところが、31日の緊急執行部会に入江副組長が欠席するのは、この会議の内容からして到底あり得ないことだった。「この日の執行部会で重要な案件として話し合われたのは、過去に発生した抗争事件についてでした。知っての通り、1997年8月28日、神戸市内にあるホテルのラウンジで、5代目山口組の宅見勝若頭(宅見組初代組長)は中野会(中野太郎会長・山口組若頭補佐)系組織の幹部や組員らで構成されたヒットマンに射殺されています。事件直後から、中野会に対する激しい攻撃が、宅見組を中心に結成された報復チームにより展開されました。そこで目覚ましい活躍をみせた宅見組組員が、この度、長期の服役から社会復帰を遂げたそうなんです」(ヤクザ業界の動向に詳しいジャーナリスト)。つまり、2代目宅見組を継承した入江副組長は、是が非でも神戸側の執行部会に出て、その英雄の帰還を報告し、功績を讃えるべき立場だったのだ。「事実、戦勲を挙げた組員は、出所すると直ぐに宅見組本部に挨拶で訪れたそうです。なのに、『入江副組長が執行部会に顔を見せないのは妙だ』と、マスコミ関係者は皆、首を傾げていました」(同)。

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嘗ては、組織の為に大きな貢献を果たし、代償として服役した組員を労う時には、宴席を設ける等の派手な放免祝いが開かれた。だが、現在では暴対法で禁止されているので、今回も開かれることは無いとみられる。「それに、今じゃ賞揚も禁止されていて、抗争での戦勲に応じてポストを与えることも許されなくなった。昔は“ムショ(刑務所)から戻ったら直ぐに金バッジ(幹部)”なんて言われて、先を争うように喧嘩していたが、今はそんな真似はできない。『おかえり、お疲れさん』の一言でも労いと受け取られかねないので、長期服役から戻った人間との接触は、迎える側にとって非常に気を遣う」(元ヤクザ組織関係者)。細かい心配りができると評判の入江副組長故、抗争の功労者である組員との接触については当然、留意したに違いない。だが、その復帰を神戸側の組長たちに報告する場に現れないのは、あまりに不思議だった。神戸側の内情をよく知る地元関係者は、こう話す。「正直な話、入江副組長の欠席に、懲役から戻った組員との関係はないだろう。恐らく、『もっと深くて大きな理由があった』と考えるほうが自然だ。最も可能性が高いのは、宅見組内のゴタゴタじゃないかと思う。2015年夏に神戸側が発足して以降、6代目側から神戸側へ組員や組織の移籍が相次いだ。一方、神戸側から6代目側へ戻る流れは殆ど見られなかった。ところが、宅見組だけは6代目側の傘下組織への移籍が何回か起きている。これは、ナンバー2が率いる組織の状態としては、見逃すことはできない」。

今年2月、宅見組の最高幹部を歴任した青木恵一郎舎弟・山田一舎弟の2名に対し、絶縁処分が下された。理由は明らかになっていないが、6代目側の『2代目竹中組』(安東美樹組長・山口組若頭補佐)との親密な関係が問題視されたとの話もある。絶縁処分後、2人は共に竹中組入りし、現在は最高幹部に名を連ねている。「元々、絶縁された2人は竹中組出身。1989年6月に竹中組が5代目山口組から離脱する際、揃って宅見組に移籍した。ヤクザ社会において絶縁者を拾う行為は、その処分を下した組織に対する宣戦布告と見做されることがあり、過去には同様の事案で抗争に発展したことが何度もある。だから、『宅見組と竹中組の間でも何か起こるんじゃないか?』と周りはハラハラしていたものだ」(同)。しかも、そんな緊張状態の宅見組において、更にもう一騒動が起きている。ごく最近も、実力派として知られた今村仁志若頭が、宅見組から離脱したことが明らかになったのだ。今村若頭は、入江副組長が興した『勝心連合』の2代目を継承する等、入江副組長からの信任はとりわけ厚かったと言われる。「何れは宅見組の3代目組長に就任する」と、関西のヤクザ社会では噂されていたほどだった。今のところはどの組織にも参入していないようだが、「今後、6代目側の傘下組織に入ることも選択肢にあるのでは?」と周囲から推測されているのだ。「宅見組内部の混乱は、入江副組長にとって確かに重荷だろう。それで体調を崩したとか、事態の収拾に忙しくて出席を取り止めたとも考えられる。入江副組長は想像以上にダメージを受け、すっかりやる気を失っているらしい。このままだと、『入江副組長までも神戸側から離脱する』といった耳を疑うような情報も各方面から入ってきている。若しそうなったら、入江副組長は神戸側の発足に尽力したキーマンの1人だから、神戸側の組織としての存続にも影響が及ぶ恐れがあるかもな」(中国地方で活動する他組織組員)。神戸側が発足してから、今年4月末で凡そ1年8ヵ月が経過した。6代目側から勢いよく飛び出した直系組長らは、気持ちを1つにして、神戸側という新組織を大きく強く発展させてきた。事実、スタート時は13人体制だったが、今年4月現在では井上組長の下、舎弟と直参を合わせ26名にまで陣容を倍増させているのだ。では何故、その団結の中核にいる筈の入江副組長が離脱するという、俄かには信じ難い噂が日を追う毎に大きくなっているのだろうか? 山健組の元組員が、その知られざる内幕についてコメントしてくれた。「少し前から、『井上組長と織田若頭代行との関係が冷え切っている』と業界では持ちきりだったが、どうも井上組長は入江副組長とも上手くいっていないようだ。2人は共に、司6代目-髙山清司若頭(※服役中)-竹内照明若頭補佐(3代目弘道会会長)に代表される拝金主義の“弘道会システム”には泣かされた仲だったこともあって、同志的な繋がりがあった筈なんだが…」。ここで、6代目山口組分裂時の両者の状況を振り返っておこう。司忍組長が当代となって、弘道会勢力が爆発的に巨大化していく中、2013年に入江副組長は、“総本部長”から舎弟に直って“舎弟頭”に就任。井上組長は分裂の直前に、若頭補佐のキャリアが10年になろうとしていた。“その先”がもう無い2人だった。

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「ヤクザ社会では、直参から舎弟に直ったら、余程のラッキーがない限り、跡目を継承することは困難だ。井上組長には、分裂直前の2015年当時、『舎弟に直る』との話が浮上していたらしい。苦労していた2人は、『これ以上、先が無いのに我慢ばかり強いられるなら、割って出よう』との思いが一致したようだ。『年内には崩壊する』と陰口を叩かれた神戸側だが、全国各地において6代目側と互角の戦いで奮闘する等、今や業界でも屈指の実力と看板を手に入れた。2人の努力は相当なものだった筈だ」(東京都内に本拠を構える他組織幹部)。しかし、その躍進の陰で、目立つ山健組に反発する声も神戸側では高まっていた。実際に最前線で戦っているのは大半が山健組系だから、仕方のない部分もあるが、やはり面白く思わない連中がいるのも事実だった。「入江副組長にしたら、『6代目側における弘道会という一強多弱の構図から抜け出した筈なのに、山健組が大手を振っていれば、神戸側でも同じ境遇の繰り返しじゃないか』と気付いて、がっくりときたのかもしれない。分裂の時に、6代目山口組においては最上位格だったにも拘わらず、何の躊躇いもなく離脱した入江副組長だから、『自分の気持ちが固まれば、そう遠くない時期に…』との可能性もゼロではない」(同)。嘗て、若き日の宅見若頭は、3代目山口組の山本健一若頭(山健組初代組長)に図抜けた才覚を見出され、直参昇格にも尽力してもらったという。そんな山健若頭を、宅見若頭は実の親のように慕った。その後、宅見若頭は生前の山健若頭から受けた恩を返す為、山健組の跡目を継いだ渡辺芳則2代目組長を、山口組の5代目組長に押し上げたのである。そうして、初代組長同士で結ばれた信頼の絆は、代替わりしても受け継がれてきた。しかし、いつの間にかすれ違ってしまったのだろうか? 入江副組長の動きに、業界中から視線が注がれている――。


キャプチャ  第21号掲載




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