【憲法のトリセツ】(10) 日本より13年早かったトルコの憲法

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明治神宮が1980年に出版した『大日本帝国憲法制定史』は、その書き出しで帝国憲法(旧憲法)を「アジアで初めての近代憲法である」と讃えています。アジア初は日本でしょうか? 帝国憲法が発布された1889年に先立つ13年前、オスマントルコ帝国が憲法を制定しています。明治政府が立憲国家を目指した理由の1つが“富国強兵”でした。清がイギリスに屈する姿を見て、「君主が権力を握り、その他の人々は嫌々従っている統治体制では、列強に対抗できる大国にはなれない」と判断したのです。既に戦争は、馬に乗った貴族と貴族の優雅な決闘から、国を挙げて人と物資を投入する総力戦の時代へと移りつつありました。国民が自国意識を持ち、外敵をうち払う為に我が身を擲つ覚悟を持つ――。そんな国が必要でした。その頃、日本と同じようなことを考えている国が他にもありました。先述のトルコです。アジアの東と西の端にある両国は何れも、南進を目指すロシアの脅威に曝されていました。国民国家になるにはどうすればよいのか。長い歴史を持つ2つの封建国家が揃って憲法制定に動いたのは、偶然ではありません。東京外国語大学の新井政美教授が書いた『憲法誕生 明治日本とオスマン帝国 2つの近代』(河出書房新社)に沿って、トルコの憲法制定過程を振り返ります。

1299年建国のオスマントルコ帝国は、ヨーロッパのバルカン半島から中東・北アフリカに至る広大な地域を支配下に治めました。しかし、クリミア戦争(1853~1856年)の敗北等で君主(スルタン)の独裁への反発が高まります。これを踏まえ、1876年に国民参加の議会を開くことを明記した憲法を制定しました。起草者のミドハド・パシャにちなみ、『ミドハド憲法』と呼ばれています。同憲法は9章119条で構成され、“国民の権利と義務”と“統治の仕組み”の両方が書かれています。行政と司法の分離がなされていないことを除けば、近代憲法に必要な要素はほぼ網羅されていました。ならば、アジア初の憲法はトルコで文句無し…かと言えば問題があります。一旦は立憲君主制への移行に同意したアブデュルハミトⅡ世が巻き返し、僅か1年2ヵ月後に憲法の執行が差し止められました。トルコに憲法が再びできるのは、革命でスルタンが退位した後の1924年のことでした。という訳で、「アジア初の憲法はどこの国か?」の答えはトルコですが、きちんと運用されなかったことを考慮すると、日本が先と言っても間違いではありません。2つの憲法は何れも、君主が国民に与えた欽定憲法でした。そうした性格は日本のほうが明確でした。明治天皇は憲法発布の告文で、大日本帝国憲法を「皇祖皇宗ノ後裔ニ胎シタマエル統治ノ洪範」と位置付けました。後に、“さだめたる 国のおきては いにしへの 聖のきみの み声なりけり”という歌も残しています。いくら文明開化の時代とはいえ、「西欧型の立憲君主制を丸呑みしました」では、天皇のありがたみが薄れます。そこで、「歴代天皇が実施してきたルールを成文化した」という説明にしたのです。ミドハド憲法はどうでしょうか? 4条にこうあります。「スルタン陛下はカリフ位によりイスラム教の守護者であり、全オスマン臣民の元首にしてスルタンである」。別途、6条に「スルタン陛下のご一身は神聖」と明記してありますが、4条の文章それ自体は「スルタンはスルタンである」という何だかよくわからない書きぶりです。アブデュルハミトⅡ世がお気に召さなかったのも当然でしょう。

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また、29条で「国務大臣およびその次官は政府によって選ばれた代議員からなる」と規定しました。代議員は国民参加の議会のメンバーのことですから、議院内閣制ということです。明治政府のように、天皇が閣僚を議会と無関係に選べる超然内閣制を採用しておけば、執行停止にはならなかったかもしれません。前々回に、大日本帝国憲法の起草者の1人である伊東巳代治の孫が、昭和11(1936)年に雑誌『自由』を創刊し、軍国主義に抵抗したエピソードを書きました。「起草者自身がどうだったのかを書かなくていいのか?」という指摘があったので、ここで付言しておきます。伊藤博文・井上毅、そして伊東と共に起草に参画した金子堅太郎は、黒船来航の1853年に福岡藩士の家に生まれ、明治政府の法体系作りに活躍しました。ハーバード大学卒の親米派で、大正6(1917)年に『日米協会』を設立し、初代会長に就任しました。日米関係が風雲急を告げ始めた昭和13(1938)年には、三木武夫(※後の首相)らと『日米同志会』を結成します。日比谷公会堂で『日米親善国民大会』を催した他、日米開戦の回避を訴える全国遊説をしたそうです。金子は、開戦直後の昭和17(1942)年に亡くなりました。繰り返しになりますが、帝国憲法の起草者は軍国主義ではありませんでした。


大石格(おおいし・いたる) 日本経済新聞編集委員。1961年、東京都生まれ。東京大学法学部卒。国際大学国際関係学科修士課程修了後、1985年に『日本経済新聞社』入社。政治部記者・那覇支局長・政治部次長・ワシントン支局長として、様々な歴史的場面に立ち会ってきた。現在の担当は1面コラム“春秋”・2面コラム“風見鶏”・社説等。


⦿日本経済新聞電子版 2017年3月1日付掲載⦿



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