【ニッポン未解決事件ファイル】(21) 『“悪魔の詩”殺人事件』(1991)――宗教指導者が下していた“死刑宣告”による犯行か?

イスラム教に対する日本人の意識を大きく変えた『悪魔の詩』(新泉社)翻訳者殺人事件。犯人は犯行後、直ぐに海外に逃亡した可能性が濃厚で、事件の謎が解明することは恐らくない――。 (取材・文/ノンフィクションライター 八木澤高明)

20170609 01
イスラム教徒を侮辱したとされる小説『悪魔の詩』日本語版の翻訳者で、筑波大学助教授の五十嵐一さん(当時44)が殺害されたのは、1991年7月11日夜、人気の無い夏休みのキャンパスだった。五十嵐助教授が殺害されるきっかけとなった悪魔の詩は、1988年にインド系イギリス人のサルマン・ラシュディーによって書かれた。発売直後から預言者のムハマンドやイスラム教徒を揶揄する記述に対して、イスラム教徒による焚書運動や抗議が殺到し、刊行の翌年には当時のイランの最高指導者であったホメイニ師によって、悪魔の詩の著者や関わった人物に死刑宣告が出された。イギリス警察は事態を深刻に受け止め、ラシュディーを厳重に警護。片や、日本語版の翻訳者である五十嵐助教授の元にも、脅迫の電話や手紙が届くようになっていたが、教授は意に介しているような素振りは見せなかったという。事件発生の前日には、中東系の男2人が、五十嵐助教授の研究室のある人文・社会系棟7階を歩き回っている姿が目撃されている。事件当日、五十嵐助教授は21時以降に殺害されたことが、胃の内容物による状況によって明らかになっているが、普段、嵐助教授は21時以降に仕事をすることは殆ど無く、いつも20時には大学を後にしていた。更には、2㎞離れた宿舎へは学生が運転する車かタクシーを利用していたというが、事件当日はタクシーを呼んでおらず、また迎えに行く予定の学生もおらず、普段の状況とは違った行動を取っていたことが明らかとなっている。犯人は五十嵐助教授を背後から切り付け、胸や腹部3ヵ所を刺した後、最後に刃を首筋に当て頸動脈を切り裂いている。頸動脈から血を抜く切り方は、イスラム教徒が羊を殺すやり方そのもので、殺害方法からもイスラム教徒による犯行の可能性が高い。無宗教の国とも言われる日本で起きた、宗教に纏わる犯罪であった。


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