【70回目のカンヌ映画祭】(上) “映画”再定義迫る配信問題

『第70回カンヌ国際映画祭』が先月28日に閉幕した。戦後史と共に歩んで、70回の節目を迎えた映画祭から垣間見えたのは、デジタル化によって揺らぐ映画の形、政治危機やテロ頻発で不安が募る世界の形だ。

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開幕が7日後に迫った先月10日、激震が走った。映画祭はプレスリリースを発表し、多くの国で劇場公開の見通しが立っていない動画配信大手『NETFLIX』が出資したノア・バームバック『マイヤーウィッツストーリー』とポン・ジュノ『オクジャ』の2作品が、コンペから除外されるという噂を否定。予定通り上映することを表明した。同時に、来年から「コンペ出品を希望する作品は、フランスの映画館への配給を確約しなければならない」という新ルールを適用するとも発表した。これに対し、NETFLIXのリード・ヘイスティングスCEOは同日、「既存の体制が私たちを敵に回して団結した」と自身の『Facebook』で表明。「映画館チェーンがカンヌ映画祭のコンペへの参加を妨害しようとした驚くべき映画“オクジャ”を、NETFLIXで6月28日に見よう」と呼びかけた。同社は、加入契約者への世界同時配信を決めている。

激震は、開幕当日の17日も続いた。審査員長を務めるスペインのペドロ・アルモドバル監督が記者会見で、「デジタルプラットフォームは、映画館という既存のネットワークに採用され尊重されているルールに従うべきだ」と、劇場公開を拒むNETFLIXの姿勢を批判。更に、「大きなスクリーンが観客を夢心地にする力の為に、私は生涯闘う」と力説した。一方、審査員の1人であるアメリカ人俳優のウィル・スミスは、「僕の子供たちは映画館に週2回行くし、NETFLIXも見る。2つは異なった娯楽の形式だ」と、動画配信の普及を楽観視した。NETFLIXが主張するように、これは確かに既得権者と新規参入者の市場を巡る争いという一面もある。同社や『Amazon.com』等、動画配信大手は近年、新作映画に積極的に出資しており、沈滞気味のアート映画市場で救世主となっている点も見逃せない。同時に、これは文化の問題である。「映画とは何か?」という根本的な問いを投げかけているからだ。35㎜フィルムをスクリーンに投影し、一堂に会して鑑賞するという1895年のリュミエール兄弟の発明以来の“映画の形”が揺らいでいる。観客はどんな画面で、どんな音で、どれほど集中して見るのか――。アルモドバルら作り手たちの不安は、そこにある。数年前まで、映画には“1秒24コマの映像が間欠的にプリントされた35㎜フィルム”というモノとしての根拠があった。今、電子信号化されてインターネット上を自在に瞬時に安価に行き来する映画は、その根拠を失った。映画祭が“未曽有の状況”とした認識は正しい。「映画とは何か?」を考え抜く責任がカンヌにはある。その決断は重い。


⦿日本経済新聞 2017年6月1日付掲載⦿
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