【ヘンな食べ物】(41) 室町人も食べた? 世界で一番臭い魚

“世界一臭い食べ物”ことシュールストレミング。塩漬けのニシンを発酵させたこの缶詰を食べるパーティーを行ったのだが、1年の常温放置が崇り、発酵が進み過ぎて中身が完全に溶けて空っぽになっていた――というのが前回の話。悔しいので、インターネット通販で新たに缶詰を入手し、リベンジ大会。場所は前回同様、荒川沿いのバーベキュー場。2回目なので手際よく缶詰を開けると、魚がちゃんと詰まっていたが、今度は別の意味で驚いた。「あれ、臭くない…」。前回は「排泄物の匂い」とか「人間の本能に訴える危険な匂い」と顔を歪めていた友人たちが、「今日のは臭いけど食べ物の匂いって感じがする」と口を揃える。前回の缶詰は、どうやらスウェーデン人も経験しないほどの過剰発酵で、悪臭もマックスだった可能性が高い。といっても、今回の缶詰もタダモノじゃない。瞬時にどこからともなく、巨大な黒い蝿の群れがブンブン押し寄せてきたのだ。東京でこんな蝿を見たことがない。しかも、蝿は焼肉等他のパーティー料理には一切近寄らない。発酵魚のみ。やはり腐臭がするのか? 蝿の群れを追い払いながら試食。魚はまるで生のようで、普通のテーブルナイフではぬめぬめして切り難い。赤々とした肉はとてもしょっぱい。一言で言えば“臭いアンチョビ”。正直、「これなら素直にアンチョビを食べたほうがいい」と思ってしまった。正肉よりタラコのような風味の卵巣や、とろとろのクリームみたいな精巣のほうが美味い。味付けしていないマッシュポテトに混ぜると丁度いい。他の参加者の感想はどうか? 「塩辛みたい」というコメントが一番マシで、あとは「生の川魚に噛み付いたみたい」「飲み込むと喉にウッとくる」とか、「もう二度と食べたくない」等、総じて評価が低い。

発酵で臭いのはわかるとして、生臭いのが気になる。しかし、私たちは先祖代々、魚を食ってきた民族。このしょっぱくて中途半端に生っぽい魚を放っておけず、様々に工夫を凝らした。例えば、友人の作ってくれたアボカドの卵黄がけや中華風お粥といった料理に少量混ぜると、アクセントが付いて美味しくなった(気がした)。これはアンチョビや魚醤の使い方に似ている。もう1つの工夫は“加熱”。身から丁寧に外した骨を網焼きにすると、実に香ばしく、こちらは珍しく全員一致で「美味しい!」。魚の身は未だ沢山乗っているのに、骨はあっと言う間に皿から消えた。参加者の1人である明治大学の清水克行教授(日本中世史専攻)が、これらの品をぱくつきながら「何だか、室町時代の“間物”を思い出しますね」と言う。間物とは“鮮魚と調理した魚の中間”的な意味で、塩魚や干し魚も含まれる。他に“合物”・“相物”、更には“四十物”とも書き、つまりそれだけ多種多彩な魚の中間加工品が存在したということだ。例えば、内陸の京都には新鮮な魚は届かず、海魚は専ら間物だったという。なるほど。若し室町時代なら、シュールストレミングも間物の一種に数えられただろう。“生っぽい発酵”とは、「生魚にできるだけ近い状態で食べたい」という意志の表れかもしれない。間物なら火で炙ってもいいし、生魚のジューシーな食味も楽しめる。現代人の私たち以上に、ご先祖様は工夫を凝らしたに違いない。「若しかしたら、室町時代の京都人は浅く発酵させたシュールストレミング似の魚を食べていたのかも…」等と思うと、この臭い魚にも何か奥深さを感じてしまうのだった。


高野秀行(たかの・ひでゆき) ノンフィクション作家。1966年、東京都生まれ。早稲田大学第1文学部仏文科卒。『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)・『アジア未知動物紀行』(講談社文庫)・『世界のシワに夢を見ろ!』(小学館文庫)等著書多数。


キャプチャ  2017年6月15日号掲載
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