【オトナの形を語ろう】(29) 男の頭の中にいつもセックスがあるのはなぜか

私はガキの頃、オフクロから“呑気な父さん”という仇名で呼ばれていた時期があった。当時、『呑気な父さん』という歌が巷に流行していて、何をするにつけのんびりしていて、色んな失敗をしてしまうオッサンのことを主人公にして作られた歌だった。今思えば、私はガキの時から、どこかおっとりしてしまっているというか、細かいことに気というか、目が向かなかったように思う。その性格は、今でも私の中には多分にある。手痛い失敗をしても、その時は悔んだりするが、翌日になれば忘れてしまっているし、千葉弁で言えば「まぁしゃんめぇ~」という感じである。周囲の人は、私が慌てたり、あたふたした姿を、一度も見たことがないという。他人にはそう見えるかもしれないが、自分では「シマッタ」と思うことはある(※もう何年もないが)。くよくよもしないらしい。それは多分、そういう失敗ばかりだったので、慣れか、そういう身の置き方を覚えたのだろう。先日、もう随分前に亡くなった学者(だと思うが)の著書を書店で見て、口の中が苦くなった。その本の隣に、その学者の弟子筋という輩が出した本が並んでいた。まぁ、一派というのだろう。その名前を見て、「やはり、コイツをあの時、殴っておけば良かった」と思った。

どういうことかと言うと、もうかれこれ二十数年前の銀座で、1軒のバーへ入ると、私の顔を見たその学者が言った。「あぁ、急に変な匂いがしたぞ。臭い、臭い、これは精子か何かの匂いだろう」。小声ではあったが、私の耳にはきちんと聞こえた。私は色川武大さんと一緒だったので、初めて案内してもらった店で暴けるのも失礼だと思った。その学者の周囲にいた輩も笑っていた。その後、テレビでその学者の顔を見ることはあっても、街場で逢うことはなかった。若し逢えば、「あの時、どうしてそんなことをほざいた?」と問い、当分は表に出られない顔にしていたろう。そのことが、数日前の神田の書店で思い出され、著者名を見ながら「殴っておけば良かった。序でに、あの周りの連中も…」と悔みが出てしまった。――どこが“呑気な父さん”なのか? 何故、そう学者は私を見るなり口にしたのか? その頃、私は女優と噂話が立ち、しかも相手が2人で“三角関係のヤサ男”のような書かれ方を雑誌でされていた。学者は、そのことを揶揄して言ったのである。今週は妙な書き出しになったが、その男が口にした「臭い、臭い、精子の匂いだ」という言葉と、その発想が、たとえ学者であれ、男という生きものの頭の中には、常にセックスのことがあるという表れなのである。「セックスが好きではない」とか「セックスに関心がない」と言う人は、身体のどこかに疾患があるか、精神に歪みが生じている男だろう。

男は成人すると(※成人を何歳と考えるかは問題で、成人より発育のほうが良いかもしれない)、普通はセックスに興味を抱き、「これをしてみたい」と思う生きものだ。その欲求は、聖職者でも、坊さんでも、聖人君子でも皆同じである。しかし、セックスには相手がいる。相手は直ぐには見つからない。目についた女性なり(※男でも構わぬが)手当たり次第にそれをすれば、これは犯罪になる。セックスが直ぐにできない若者は、発育の過程で性欲が膨張し、夢精なりを経験し、自慰を覚える。オナニーをセックスまでの準備行動・トレーニングと考えて良いかどうかは先ず置いておいて、相手が見つかり、昔で言う“筆降ろし”、童貞を捨てる場面は誰にもある。いきなり快楽に溢れ、終われば気分爽快かと言えば、そう簡単にはいかない。大半の人が苦い経験となる。しかし、その苦さも直ぐに忘れて、次のセックスへ大半は向かう。――何故そうなるか? 人類の種の保存の為? そんなのはバカな学者が言うことで、セックスは快楽が伴うからである。しかも、セックスで得る快楽は、他のどの快楽より上等に思える。若いうちは特にその思い込みが激しい。実際に、若い時代はセックスより気持ちが良い、達成感を味わえる仕事も、道楽も経験できる幅が無いからだ。しかも、若い時のセックスは自分本位である。それは仕方なかろう。サカリがついたサルのように、メスを探して1日中、山の中をうろつき回るのだから。だが、自分本位で一生セックスをすると、少々おかしいことになる。「相手を悦ばせろ」と言っているのではない。自分だけイイのはダメなのである。続きは来週にする。 【続く】


伊集院静(いじゅういん・しずか) 本名は西山忠来。作家・作詞家・在日コリアン2世。1950年、山口県生まれ。立教大学文学部日本文学科卒業後、『電通』に入社。CMディレクター等を経て、1981年に作家デビュー。『愚者よ、お前がいなくなって淋しくてたまらない』(集英社)・『大人の男の遊び方』(双葉社)・『無頼のススメ』(新潮新書)等著書多数。近著に『旅人よ どの街で死ぬか。 男の美眺』(集英社)。


キャプチャ  2017年6月26日号掲載




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