【急展開の改憲論議】(01) 首相「一発勝負でやる」

安倍首相が、2020年までの新憲法施行の目標を打ち出し、改憲論議は新たな局面を迎えた。改憲を巡る与野党の動きを追う。

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今年4月7日夜、首相の安倍晋三(62)は首相公邸に、旧知の国会議員を秘密裏に呼んだ。「これ、余っているから食べてよ」と差し出した寿司を摘みながら、話題は憲法改正に及んだ。「9条に1項と2項を残したまま、自衛隊を書けばいいんだよ」。安倍はワインを傾け、改憲の具体論に言及した。同じ頃、ある保守系議員が安倍の目指す改憲項目について、「9条3項ですか?」と探りを入れると、安倍は頷いた上で強調した。「『安倍は憲法改正をやらない』と言われているだろうけど、やる。一発勝負だ。国民のハートに訴えるものじゃなきゃダメだ」。与野党の協調を優先し、“急がば回れ”の姿勢を取っていた安倍。論議の遅れに苛立ち、攻勢に出る腹を固めた。先月3日の憲法記念日。施行から70年を迎えた節目の日に、安倍は『日本会議』系の保守派団体が共催する集会にビデオメッセージを寄せた。「少なくとも、私たちの世代のうちに、自衛隊の存在を憲法上にしっかりと位置付け、『自衛隊が違憲かもしれない』等の議論が生まれる余地を無くすべきだ」。9条改正の“本丸”に取り組み、2020年の施行を目指す考えも示した。安倍は例年、大型連休中に長期の海外出張に出る。今年もロシアとイギリスを訪問するのに合わせ、外務省が北欧4ヵ国を訪れる日程を調整したが、北欧は見合わせ、憲法記念日に国内に留まる選択をした。ビデオ収録は同1日の午後。首相公邸にカメラをセットし、自身が完成させた原稿が流れるプロンプター画面を見据え、9分間、淀みなく語った。「ずっと前からこのタイミングを計っていた。5月3日しかなかった」。安倍は後日、親しい友人に話した。

自衛隊を明記する案の着想は、集団的自衛権の行使を認める安全保障関連法の論争に遡る。国会論戦が激しさを増した2015年夏、安倍は愕然とした。「どうしてこうなるのかな?」。自衛隊を違憲とする憲法学者が多い調査結果を見た。自衛隊を違憲とする記述を教科書で見つけた自衛隊員の子供が、親に理由を尋ねた話も聞いた。2016年夏の参院選に勝利し、衆参で改憲勢力で発議に必要な3分の2以上の議席を確保。環境は整った。連立政権を組む公明党をどう巻き込むか。支持母体の『創価学会』は、9条改正に慎重論が強い。橋渡し役を務めたのは、公明党前代表の太田昭宏(71)だ。第1次安倍政権で与党党首としてタッグを組み、波長が合う。安倍と定期的に会う中で、「自衛隊を加憲の対象とするのが党の考え方だ」と伝えた。「自衛隊を位置付ける条項を加えるだけなら公明党も呑める」と、安倍は受け止めた。反対する可能性があるのは保守派だった。抑々、“戦力の不保持”を定めた9条2項の削除を筋とする。「自民党で一番の保守強硬派の私が言うのだから、『それなら仕方がない』となる」。安倍は先月中旬、知人との会合で打ち明けた。安倍には保守派の論客から賛意が届いている。安倍が改憲を打ち出したのは、自民党総裁の3選と、2021年秋までの首相続投を睨んだ政権浮揚の意味もある。「くだらないことで時間を無駄にしたくない」。今年4月、国会で『森友学園』問題を巡る野党の追及が続く中、安倍は公邸で側近議員に弱音を吐いた。側近は、「ポスト安倍が改憲してくれるとは限らない。佐藤がどうだったか、思い返すべきだ」と発破をかけた。安倍の祖父・岸信介は首相当時、改憲を目指した。実弟の佐藤栄作は、首相に就いても改憲には取り組まず、実兄の期待に応えなかった。側近は、「衆参で改憲勢力で3分の2以上の議席があるのに、改憲を狙わない選択肢は無い」と代弁する。先月12日、安倍は自民党本部で党憲法改正推進本部長の保岡興治(78)と向き合った。「国民にわかり易い具体案で、できるだけ早く纏めて下さい」と、党の改憲原案を年内に取り纏めるよう指示した。今月6日の同本部の会合では、憲法への自衛隊の明記等4項目を軸に、原案作りを進める方針を決めた。だが、どのテーマも衆参両院の3分の2を確実に得られるとは言い切れない。「2012年の党改憲草案はどうなりましたか?」。“ポスト安倍”を狙う石破茂(60)は同日の会合で、安倍主導の議論を牽制した。来年の自民党総裁選や衆院解散・総選挙の時期も絡み、安倍の改憲戦略が奏功するか見通せない。 《敬称略》


⦿日本経済新聞 2017年6月13日付掲載⦿
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