【ヘンな食べ物】(42) 麗しきラクダ丼

ラクダ肉は、中東やアフリカでも決して一般的な食材ではない。妻とチュニジアに行った時も、探すのに苦労した。レストランや食堂のメニューには全く存在しない。そこで、トズールという砂漠の町へ行った時、途中のバスで知り合ったブバケルという若者に「調理してほしい」と頼んだ。トズールに朝、到着すると、早速市場へ。生きたラクダが食用として売られていたが、殆どが頭の高さが2m未満の仔ラクダ。訊けば、1歳が日本円で約4万8000円、2歳が6万円と結構いい値段。流石に1頭買う訳にいかないので、肉は肉屋で購入。1㎏ざっと560円。この肉を一旦、ブバケル君に預けた。昼頃、彼の自宅を訪問すると、お母さんがラクダのクスクスを作ってくれていた。イスラムの作法では成人男子しか客人と食事をしないので、ブバケル君とお父さんと4人でちゃぶ台のような低い食卓を囲む。チュニジアも、田舎の一般家庭は床に座るのだ。クスクスは、じゃがいも・にんじん・青とうがらしがゴロンと乗っかっていて素朴だが、意外にも店で食べるより辛みもスパイスも控えめ、つまりマイルドで美味しかった。肝心の仔ラクダ肉は…固かった。「大人のラクダは固過ぎるから食べない」とブバケル君。今朝捌いたばかりの新鮮な仔の肉がこれでは無理もない。正直、固いだけでなく肉汁も乏しいが、噛みしめると淡泊な中にも一本筋の通った味わいで、窓が少ないけれど涼しく落ち着いた石造りの家によく似合っていたことを思い出す。その後、ソマリアの中にできた“自称独立国家”のソマリランドへ通うようになると、ラクダ肉はとても身近なものになった。

というのも、ソマリランドは若し“国家”として認められるなら、世界で最もラクダの輸出量が多い国になると言われるくらい、ラクダの飼育が盛んだからだ。それでも、やはり一般の食堂には置いていない。町の人間は、「ラクダ肉は固い」と敬遠する。日頃は「ラクダこそ俺たちソマリ遊牧民の象徴だ」とか言っている癖に。一度だけ、「毎日ラクダ肉を食べている」というおじさんに会ったことがあるが、「だから俺は子供を12人作れたんだ」と自慢げ。どうやら、ラクダは半分野生動物的な扱いらしい。「固くて美味くないけれど、食べると精が付く」というような。ラクダ肉を食べたければ、ラクダ料理専門の食堂に行くしかない。そこは、如何にも田舎の出という雰囲気の人たちで賑わっている。食べ方は、煮たラクダ肉の塊をナイフで切って、ピリ辛のトマトソースに漬け、パンと一緒に食べる。ただそれだけ。よく煮込んであるせいか、然程固くはないが、肉質がむっちりとして、飲み込むと胃袋にずしんと来る。野菜等の付け合わせは何も無いし、1回食べたら「もういいや」という気持ちになる。寧ろ、私のお気に入りは“ラクダ丼”。一部のラクダ食堂では、肉の塊を煮込んだ汁とクズ肉をご飯にぶっかけて出す。見てくれも味わいも日本の牛丼に似ている。こちらは味付けに軽くカルダモンを利かせ、千切ったレタスを散らしている。更にライムをたっぷり搾ると、重たいラクダ肉が一気に爽やかな昼飯へ変わる。値段も軽やかで、1杯100円しない。唯一残念なのは、現地の友人をこの店に誘うと、「うーん、今日はラクダはいいや」と必ず言われることぐらいか。「誇り高きラクダ遊牧民の末裔の癖に!」と思いながら、私は1人、木陰の食堂で至福の一時を過ごすのであった。


高野秀行(たかの・ひでゆき) ノンフィクション作家。1966年、東京都生まれ。早稲田大学第1文学部仏文科卒。『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)・『アジア未知動物紀行』(講談社文庫)・『世界のシワに夢を見ろ!』(小学館文庫)等著書多数。


キャプチャ  2017年6月22日号掲載
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