【天下の暴論2017】(09) 天下りが何故悪い?

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カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスは1848年、『共産党宣言』で「共産主義という名の妖怪がヨーロッパを徘徊している」と高らかに謳い上げ、共産主義革命運動の号砲を鳴らした。しかし、この“妖怪”は「人類を圧政から解放し、真に自由で民主的な社会を作る」という表看板とは真逆の害悪を齎し続けた為、1世紀強の歳月の後、暴力と圧政とプロパガンダで体制を維持している一部の国を除き、殆どの国で“退治”されてしまった。ところが今や、共産主義よりもっとタチの悪いポピュリズム(大衆迎合主義)という名の“妖怪”が、政治・社会・文化他、この世の諸事百設を覆い尽くし、世界を席巻しつつある。共産主義はまだしも、統治者が掲げた“理想”の実現の為、国民大衆に苦痛や忍耐を強いたから、必然的に反作用としての反逆・反乱を生み、それが変革のチャンスに繋がった。しかし、ポピュリズムにおいては、政治権力や社会の諸分野の指導者が、国民大衆に物心両面の快楽を与えて支持を取り付け、自らの命脈を保とうとするから、反逆反乱を生みようがない。最後にどんと社会全体にツケが回ってくるまで、変革の機運は起き難いのである。ポピュリズムでは、ポピュリズムの極致とも言うべきナチズムにおいて、アドルフ・ヒトラーやヨゼフ・ゲッベルスが宣伝戦の鉄則としたのと同様に、指導層は大衆に対して理知的で難しい話は避け、あくまでも先ず大衆の感情に訴えるべく語らなければならない。また、特定の事象に対する大衆の怒りが単に“正義の仮面を被った嫉妬”に過ぎないと喝破しても、或いは自分の不幸や不運を全て社会や他人のせいにするルサンチマン(怨恨)に基づくものだとしても、大衆の無知や思慮の無さを指摘することなく、大衆に同調してみせなくてはならない。

メディアもまた、“上から目線”の誹りを受けることを恐れて、啓蒙の使命を放棄し、事の本質を掘り下げず、大衆の感情や劣情に訴える。「お客様は王様、読者は王様。王様のお好きなように」という訳だ。斯くして、窘め、叱責する者のいなくなった無敵の大衆は、社会が破滅や衰退への道を歩んでいても、破局の寸前まで気が付くことはないのである。破局したらしたで誰かのせいにするのだろうが。そして、ポピュリズムに慣れた指導者やメディア自身も、軈てそのポピュリズムに染まった政策や論理を、大衆と同様に正義と信じ込むようになる。即ち、「大衆の意志に従うことこそ民主主義的なのだ」と。不特定多数の、匿名の、思慮浅く、個々は責任を取らない巨大なマスとしての大衆。それが醸し出す“気分”に、責任ある者が依拠するのだ。まさに、民主主義こそポピュリズムの母である。民主主義は衆愚政治と紙一重であり、民主的社会は容易に衆愚社会に転化する。国民大衆と指導的な層の双方を愚昧にしかねない危険なシステムなのである。当面、替わるものが見当たらないとしても…。昨今、文科省官僚が早稲田の教授に転職した一件がきっかけで、天下の大罪のように論われている、所謂“天下り”批判も、筆者に言わせればポピュリズムの一典型だ。無論、官僚の民間への転職が明白且つ違法な利益供与と裏腹であったり、嘗て指弾された、関連団体の役職を渡り鳥のように渡り歩き、高額の報酬と退職金を得るようなケースを容認するつもりはない。しかし、天下り批判大合唱の基低部分に、理非曲直を問わず、法の適否を問わず、高級官僚が民間へ転職すること自体が本来的に悪だと決め付ける大衆心理への迎合が窺えて不快なのだ。天下り批判記事における識者のコメントも、いつもながら滑稽である。「(天下りは)官と民の癒着が疑われる」から宜しくないというのだ。疑われる? 誰に? 国民大衆にとでも言いたいのであろう。法治国家は、明白な違法行為が証明されて初めて処罰が行われる。にも拘わらず、“大衆に疑われる”だけで宜しくないと言っているのである。そこに識者としての矜持は無い。「官は悪」「官は特権階級で、いい思いをしているに違いない」という大衆の思い込みに媚びているのだ。抑々、高級(キャリア)官僚とは何か? 戦前は高等文官、戦後暫くは国家公務員上級職、現在は国家公務員Ⅰ種等と名前は変わってきたが、要するに国家公務員試験の最難関コースに合格し、国家行政の中核を担う人材とされている国家公務員である。門閥・血統・貧富を不問とし、試験の優劣のみで登用され、その運営に高度な知識と見識を要求される、近代国家に不可欠な存在である。

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真面な国ならどこでも、優秀な官僚の育成に相当な努力を割いている。国家の命運を左右するからだ。採用されると、若いうちに外国へ留学させたり、大使館に出向させたり、国家は国家行政の中核を担う人材に育てるべく、国際的な視野を持たせるプログラムも用意する。昇進も他の職種の公務員より早い。官僚人生の最高峰は各省事務次官だ。そこで、「たった一度の試験に受かっただけでのうのうと出世するのか?」等とやっかんではいけない。彼らは国政をサポートしているのだ。筆者は嘗て国会議員を務め、キャリア官僚との付き合いがあり、政府の役職に就いた時はキャリアの秘書官が付いたこともあるが、その経験から言っても、彼らは同世代の他の職種で働く人々に比べ、明らかに有能であった。昨今、「受験科目に無かったので…」等と知識教養不足の言い訳をする偏差値エリートの若手キャリアがいないでもないが、皆、指示を的確に理解し、迅速に資料を用意する。重宝である。しかも、優秀な上に苛酷な労働環境で鍛えられている。通常の行政事務に加え、特に国会議員のお世話・アシストは大変だ。大衆の人気取り合戦とも言うべき選挙で選ばれてくるのだから、政治家は必ずしも優秀な人物ばかりではない。法案や政策の説明の際、理解度の低い議員もいる。子供に説明するような“ポンチ絵”という図式化したもので先ず説明し、理解度をみながら徐々に説明資料のレべルを上げる手法も取る。まるで家庭教師だが、この場合、“教え子”のほうがいばっているのだから、気疲れすることこの上ない。国会開会中ともなれば、国会の揉め具合によっては深夜まで待機。議員の質問に対する政府答弁作成の為、議員の質問通告が遅いと、これまた深夜まで仕事。そして、滑稽な話だが、ちゃんとした質問をする自信の無さそうな議員の為に、政府側合弁者との想定問答の原稿を作ってやる場合もある。政府答弁も同じ官僚が作るのだから、まさにキャリア官僚は国政の黒子だ。

「官舎が都心に近い省庁だと未だいいんですが、郊外の官舎が多い某省なんか深夜帰宅ばかりで、離婚が多いそうです」(若手官僚)等と笑えない話もある。では、収入面で何か特権でもあるかといえば、これが大したことないから気の毒だ。キャリア官僚とほぼ同等の人材が就職すると思われる総合商社であれば、30代前半で年収1000万円を超えてしまう。では、同年代のキャリア官僚はどうか? 平成28年人事院勧告の参考資料、モデル年収が公開されている。その内、キャリアに該当する部分の年収を引用してみよう。本府省課長補佐35歳(※配偶者・子1人)で755万6000円。民間の一流どころより随分低い。本府省課長45歳(※配偶者・子2人)でも1218万8000円だ。サービス残業当たり前で、深夜や明け方勤務あり。1~2年で職場替え。地方出向、外国への留学や出向もある。体を壊したり、将来に夢を失って、霞が関を去る者もいる始末だ。それにも拘わらず、この処遇ではとても“特権を享受している”とは言えない。「民間の一流企業に比べれば惨めなもんですよ。就活の時、商社にも内定していたんですが、そっちへ行きゃ良かったかな…」(前出の若手官僚)。誤解や偏見を拭い去り、事実を直視すべきだ。第一に、キャリア官僚は有能である。第二に、所管事項・分野に関する知見は豊富である。第三に、決して待遇は良くないにも拘わらず、苛酷な労働に耐えてきた。そして何よりも、国家が必要不可欠な人材として育ててきた逸材である。国家総体として考える時、この逸材たちを退官の後に埋もれさせるのは、国家の大きな損失ではないか? 民間にニーズはある。企業内で育った人材とはまた別の広い視野、業界に関する知見が、企業にとって有益であることは自明の理だ。各分野の企業活動に対する政官のスタンスについて、官僚出身者のアドヴァイスを受けることも、企業にとって大きなメリットがあろうし、国家総体としても悪いことではない。アメリカを見よ! 政官民の人材交流は日常茶飯事、且つ大規模だ。一部の不正に近い天下り事例に囚われて、官僚が専門分野の民間で活躍することを阻害してはならない。「再就職活動開始は退官後に時間を置く」等という姑息な策は不要だ。官民交流は時代の要請である。不正不当でない限り、組織が、或いは個人が堂々と転職先を探していいではないか。スペインの哲学者であるオルテガ・イ・ガセットは、早くも1930年、名著『大衆の反逆』で、軈て大衆を王者に祭り上げるであろうラジオや映画等のメディアが急速に普及する時代状況の中、匿名のマスとしての大衆の政治権力化を指摘した。曰く、「大衆は、彼らが喫茶店での話題から得た結論を実社会に強制し、それに法の力を与える権利を持つと信じているのである」。 (評論家 米田建三)


キャプチャ  2017年4月号掲載
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