【憲法のトリセツ】(11) 広がる基本的人権の範囲

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“暴君から人々を守る”――。これが憲法の成り立ちであると説明してきました。時代を経るにつれ、政府の役割をもう少し広く考える人々が現れます。「“国民の自由を保障する”だけでなく、より積極的に“国民の暮らしを守る”まで含むべきだ」という意見です。今回から暫く、基本的人権とは何かを考えます。本欄で何度か登場したイギリスの『マグナカルタ』(※大憲章、1215年制定)の1条を見てみましょう。ラテン語の原文の英訳の中核部分を切り出しました。“We have granted to God that the Church of England shall be free.(英国教会は自由であると我々は認めた)”――何から自由なのか? 勿論、イギリスの国王からです。つまり、“信教の自由”の保障です。ここが基本的人権の出発点になりました。この時代の民衆は国王に支配されていたのですが、マグナカルタによって、“神に祈る場”が王権の外に括り出されました。最初の人権は、隷属状態からの解放のような物理的な自由だと思っていませんでしたか? マグナカルタには“裁判によらない生命や財産の侵害の禁止”も書かれていますが、38条とかなり後ろのほうです。人が生きていく上において、精神的な自由と物理的な自由のどちらが重みを持つか? 憲法を考えるとは、こうした哲学的な課題を考えることでもあります。

何れも大切? それはそうですが、刑法を犯した罪人を罰する場合、どうしますか? 物理的に刑務所に収監することは多くの国でしていますが、思想改造のようなことは普通の民主国家ではしません。精神の自由こそが最も大切な人権です。今の日本国憲法にも勿論、書いてあります。11条で「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない」と包括的に定めた上で、具体的な規定としては19条で「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」、20条で「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する」と明記しました。精神の自由が得られると、次に物理的な自由が欲しくなります。法的な手続きを経ずに「身柄を拘束されない」「財産を没収されない」等が、これに相当します。では、次は何でしょうか? 法的な手続きに沿っていたとしても、その仕組みが王に有利にできていたら意味がありません。ですから、多くの国で法律を制定する民選議会の開設を求める運動が起きました。参政権獲得の声は、日本でも明治時代に自由民権運動として盛り上がったことは周知のことです。冒頭で予告したように、更に「政府が国民1人ひとりの暮らしを保障すべき」との考えが台頭してきます。日本国憲法は25条に、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定めています。イギリスの社会学者であるトーマス・ハンフリー・マーシャル(1893-1981・右下画像)とトム・ボットモア(1920-1991)は、こうした基本的人権の拡大の過程を“市民権の3段階”と名付け、最後の権利を“社会権”と命名しました。2人の共著『シティズンシップと社会的階級 近現代を総括するマニフェスト』(※1950年、邦訳は1993年)は、「18世紀に確立された自由権が、19世紀に参政権に発展し、20世紀に入って社会権に到達した」と分析しています。

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ただ、社会権は一朝一夕に生まれたのではありません。憲法によって私有財産制が確立され、西欧諸国では資本が集め易くなり、産業の近代化が劇的に進みます。他方、貧富の格差はどんどん拡大しました。「貧しい人々を救わなければならない」。そうした理念の下、イギリスの博愛主義者らは1884年に『フェビアン協会』を設立しました。「革命のような過激な方向を目指すのではなく、人々の善意に訴えて社会を少しずつ改良していこう」という団体でした。中心になったのが、シドニー・ウェッブ男爵と妻のベアトリスです。夫妻が打ち出した考え方は次のようなものです。①最低賃金制②労働時間の制限③職場の衛生の改善④義務教育制。安倍政権は、労働時間に上限規制を設ける方向で動いていますが、ウェッブ夫妻は働き方改革の父母といってよいでしょう。夫妻は著書『産業民主制論』(※1897年、邦訳は1923年)で、国民の必要最低限の生活水準を“ナショナルミニマム”と名付けました。フィンランドが今年導入したベーシックインカム(※政府が生活に必要な最低限の収入を保障する制度)の理論的先駆けと言ってよいでしょう。経済学者のウィリアム・ベバレッジ(1879-1963)は、夫妻の考えを具体化する為の報告書を1942年に発表しました。①医療保険②年金③失業保険。これらの創設が提言されていました。憲法に基本的人権をどう書き込むのか。それが、日常生活と極めて密接に結び付いていることがおわかり頂けたでしょうか? 次回は社会権の話を続けます。


大石格(おおいし・いたる) 日本経済新聞編集委員。1961年、東京都生まれ。東京大学法学部卒。国際大学国際関係学科修士課程修了後、1985年に『日本経済新聞社』入社。政治部記者・那覇支局長・政治部次長・ワシントン支局長として、様々な歴史的場面に立ち会ってきた。現在の担当は1面コラム“春秋”・2面コラム“風見鶏”・社説等。


⦿日本経済新聞電子版 2017年3月15日付掲載⦿



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