【不養生のススメ】(03) “抗がん剤信仰”がもたらす不幸

20170628 05
今年2月、アメリカの医療政策等の通信社である『カイザーヘルスニュース(KHN)』に、進行性乳癌に苦しむマーリン・マッカーシーさん(73歳・ロードアイランド州在住)の話が紹介された。マッカーシーさんは44歳の時に乳癌と診断され、治療後約20年間落ち着いていたが、7年前に骨に再発した。2015年、その年に『食品医薬品局(FDA)』に承認された『イブランス』を使用したが、開始4ヵ月後、新しい骨転移が見つかった。別の新規抗癌剤『アフィニトール』もあったが、医師に多くのリスクを警告されて試さないことにした。今は痛みの為、杖無しでは歩けず、自分の病気が治らないことを理解している。マッカーシーさんは、FDAが“癌の治癒や延命に役立つ”という証拠無しに、抗癌剤を承認していることに不満を抱いている。確かに、FDAは早く新しい治療薬の使用を望む患者の期待に沿って、急いで抗癌剤の承認をしているが、実際は殆ど効果が無い。2014年のアメリカの医師会雑誌(※耳鼻咽喉科頭頸部外科版)による『アメリカ国立癌研究所』ティト・ホジョ博士らの報告では、2002年から2014年までに承認された71の抗癌剤の延命効果は、古い抗癌剤に比べて僅か2.1ヵ月だった。全体的にみると、過去10年間、癌患者の生存率は殆ど変化していない。更に、新規抗癌剤の多くは生活の質も改善しない。今年のアメリカの医師会雑誌(※内科版)による『アメリカ国立健康研究センター』ダイアナ・ズッカーマン博士らの報告によると、2008年から2012年の間に、FDAによって承認された抗癌剤の内、18種類を調査したところ、どの薬も延命効果は無かった。1種類のみ生活の質が向上したが、2種類は却って生活の質に悪影響を及ぼした。

例えば、最も高価な甲状腺癌の抗癌剤である『カボザンチニブ』は、下痢・疲労・睡眠障害・苦痛・記憶障害が悪化した。ロイター通信にズッカーマン博士は、「これらの抗癌剤が命を救うものではなく、生活の質を改善するものでもないことを発見し、ショックを受けた」という。ズッカーマン博士の報告では、FDAの抗癌剤の承認において、臨床的に有益であるという証拠が欠けていることを指摘している。FDAは、迅速に抗癌剤を市場に出す為に、臨床研究において、抗癌剤の効果を評価する為の目標として、従来の“生存率”の代わりに、“腫瘍の縮小効果”や“病気が進行するまでの時間”を使うことがある。つまり、癌の大きさが小さくなれば、延命や症状が改善しなくても「抗癌剤の効果がある」と判定される訳だ。こんな報告が続く中、多くの専門家が、特に高齢者の抗癌剤の使用のリスクを警告している。2016年の『メディカルケア』誌に、コロラド大学のキャシー・ブラッドリー博士らが、約2万人もの高齢の進行性大腸癌患者の抗癌剤治療の実態を報告した。ここ10年間で3種類以上の抗癌剤を使用した75歳以上の進行性大腸癌患者は、2%から53%にも上昇した。ところが、これらの患者の生存期間中央値は、僅か1ヵ月延長しただけだった。更に驚くことは、新しい治療法は古い治療法に比べて、治療に伴う下痢・脱水・腸壁の損傷・出血等の毒性の為、却って健康状態・生活の質が悪化したのだ。背景には、癌臨床試験のやり方の問題がある。一般に高齢者は、既往歴や併存症等の為、臨床試験の対象に入れてもらえない。2012年のアメリカ臨床腫瘍学会誌による『シーダーズ・サイナイ医療センター』ケビン・シェール博士らの報告によると、癌患者の59%が65歳以上で、30%が75歳以上であるのに、癌臨床試験の参加者の33%が65歳以上で、75歳以上は僅か10%であった。癌臨床試験の対象者の多くは50~60歳で、そのデータに基づいて高齢者の治療を行うことは倫理的に問題視されている。冒頭のマッカーシーさんは、国防総省の乳癌研究の臨床試験に参加を希望したが、70歳以上である為に2回拒否された。更にアメリカでは、新規抗癌剤の価格は暴騰(※左上表)し続けており、多くの高齢癌患者は、高価な治療の為に老後の蓄えが枯渇し、借金や破産に苦しむ。薬価暴騰の背景には、2003年に連邦法として定められた『メディケア処方薬剤改善・近代化法』がある。この法律により、製薬会社は薬価を自由に設定できるようになった。また、アメリカの公的医療保険制度『メディケア』を利用している高齢者らが、FDA承認の抗癌剤を使用した場合、政府には保険がカバーする額の約80%を支払う義務が生じた。製薬会社にとって、高齢癌患者は販売拡大の為の絶好のターゲットなのだ。

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2016年のアメリカ臨床腫瘍学会誌によるノースカロライナ大学のアーロン・ウィン博士らの報告によると、高齢者の半数は資産が1万3800ドル以下だ。多くの高齢者は、心臓病・糖尿病、又は肺気腫のような慢性疾患を持ち、既に高額な医療費を支払っている。『フレッド・ハッチンソン癌研究センター』のスコット・ラムジー博士らの2012年の同誌の報告では、被保険者である284人の大腸癌患者の内、38%が治療で財政難に陥っていた。その為、家の売却・借り換えや収入の20%以上の損失を強いられ、17%は家族や友人から平均1万4000ドル以上の資金を借りている。アメリカの公共ラジオニュースでラムジー博士は、「財政的にストレスがある患者は、鎮痛薬をスキップし、医師の診察を受けない。そして、吐き気や嘔吐を和らげる薬を服用せず、脱水症で死ぬ可能性がある」という。博士の別の報告では、破産申請した癌患者の死亡率は、他の患者より平均して79%も高かった。アメリカの多くの医師は、高齢癌患者への高額薬剤の使用に反対している。シアトルにある『スウェーデン緩和ケアサービス』のエリン・リー博士は、「患者は、恐怖と絶望の中で、抗癌剤の延命効果を知り、可能なチャンスを手に入れようとする。ところが、延命効果は実現しないことが多く、それどころか副作用と破産の為に、人生の最後の3ヵ月を惨めに終える。これは本当に公平だろうか?」と問いかける。日本政府は今頃、高齢者の抗癌剤使用効果の調査を検討しているという。アメリカの経験から、ほんの少しでも学んでほしい。


大西睦子(おおにし・むつこ) 内科医師・医学博士。1970年、愛知県生まれ。東京女子医科大学卒業後、同大学血液内科入局。『国立がんセンター』・東京大学医学部附属病院を経て、2007年に『ダナ・ファーバー癌研究所』留学。2008~2013年にハーバード大学で肥満や老化に関する研究に従事。現在はマサチューセッツ州ケンブリッジ在住。著書に『カロリーゼロにだまされるな 本当は怖い人工甘味料の裏側』(ダイヤモンド社)・『健康でいたければ“それ”は食べるな ハーバード大学で研究した医師の警告』(朝日新聞出版)等。


キャプチャ  2017年6月号掲載




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