【ヘンな食べ物】(43) ラクダの乳ぶっかけ飯

前回、「ラクダ肉は固くて食べ難いので、中東・アフリカでも一般的ではないが、その割には値段が高い」と書いた。最大の理由は、ラクダは抑々食肉用の家畜でないから。遊牧民にとって、ラクダは家財道具を運ぶ重要な輸送手段である。何より、ラクダからは乳が取れる。とりわけソマリ人は、このラクダ乳を好む。ソマリ語には“アブ(飲む)”という動詞とは別に、“ダミ(ラクダ乳を飲む)”という動詞があるくらいだ。また、“ラクダ乳と平和”という成句もある。ラクダ乳は“富”や“豊かさ”の象徴でもある。実際、ソマリ人のいるところには必ずラクダ乳がある。ソマリランドの首都・ハルゲイサでは、大統領官邸の直ぐ近くに遊牧民がテントを立ててラクダ乳を売っているし、ケニアにあるソマリ人の難民キャンプでも、治安が極端に悪いソマリアの首都・モガディショの町中でも同じように売っている。味は牛乳に比べると若干薄く、ほんの少し青臭い感じがするが、ヤギの乳ほどではない。そして、大抵少し酸っぱい。最初飲んだ時は「傷んでいるのか?」と心配になったが、ソマリの友人たちに「ラクダ乳は常温で3日ぐらいはもつ。段々酸っぱくなるけど、それが美味いんだ」と笑われた。実際、ラクダ乳は抗菌作用が他の乳より強いらしい。ラクダ乳は健康にも良いとされている。モガディショ出身で、現在は早稲田大学の大学院生である友人は、「子供の頃、毎週金曜日は一家全員が食べ物を何も食べずに、ラクダ乳だけ飲んでいたよ」という。「体の中の悪いものを出す効果がある」と彼のお父さんが言っていたそうだ。

小学生くらいの子供でも1日で10リットルも飲んだというから、まさにラクダ乳で消化器官を洗うような感じで、“ソマリ式ラクダ乳健康法”と名付けたくなる。ハルゲイサでは、搾りたての乳を飲んだことがある。朝の5時に町を出て、半砂漠に暮らしている遊牧民を訪ねたら、その場で搾ってくれたのだ。ラクダは背が高いので、搾る方もしゃがんだりしない。王貞治の一本足打法宛らに、直立して片足を上げ、上げた足の上に木桶のような器を置き、その上でぴゅうっと乳を搾る。2リットルほどの器が一杯になると、その場にいる人々全員で回し飲みするのが作法。口に含むと、お馴染みの酸味が無い。未だ発酵していないのだ。甘くて滑らか。ふつふつと泡立ち、しかも温かいのでびっくり。40度くらいありそうだ。後で知ったのだが、ラクダは温度差の激しい砂漠に適応し、体温を調節できるそうだ。暑い時には36度、寒い時には42度ぐらいまで変化させられるという。この時は吐く息が白いほど冷え込んでいたから、ラクダの体温もかなり上がっていたのだろう。超新鮮でほかほかした乳を飲むと、身も心も温まる気がした。“ラクダ乳と平和”の意味を実感した瞬間だった。ラクダ乳は飲むだけではない。ソマリランドの田舎町を旅している時のこと。食堂で米とヤギ肉の炒め物という朝食を取っていると、現地の友人がやって来るなり、テーブルに置いてあったラクダ乳のボトルを掴んで、いきなり私の皿にぶちまけたのだ。「何するんだ?」と目を剥いたら、「いいから食ってみろ」と言う。乳で白くなった炒め物ご飯を半信半疑で口に運んだところ、炒め物の油と乳の酸味が不思議な調和を見せて、意外と美味い。どうやらソマリ人は、“一味付け足す”くらいの軽い気持ちで、ご飯に乳をかけてしまうらしい。美味しくて保存が利き、健康に良くて調味料にもなる。ラクダ乳は本当に万能のドリンクなのである。


高野秀行(たかの・ひでゆき) ノンフィクション作家。1966年、東京都生まれ。早稲田大学第1文学部仏文科卒。『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)・『アジア未知動物紀行』(講談社文庫)・『世界のシワに夢を見ろ!』(小学館文庫)等著書多数。


キャプチャ  2017年6月29日号掲載
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