【CIA公開文書の衝撃】(中) 旧日本軍の慰安所はナチスの強制収容所と同一視されていた

20170629 01
アメリカ政府の慰安婦問題に関するスタンスは、前回でも見たように一貫している。「日本軍の“強制”によって、朝鮮人を中心とする数万人(※文書によっては数十万人)のアジアの女性が慰安所に送り込まれた。その歴史事実に、日本はきちんと向き合うべきである。賠償に関しては、日本はサンフランシスコ講和条約と日韓基本条約に基づいて国家賠償を行ったので、“国家および国民の請求権の問題は最終的かつ完全に解決された”のだから、更なる賠償は必要ないが、人道的見地からアジア女性基金等を通じて、年老いた元慰安婦に救済の手を差し伸べ続けるべきである」。日本人としては、前段はとても受け入れ難い。後段はお墨付きを貰って多少嬉しいが、基本的に当たり前だと思っている。従って、前段に示されているアメリカの無理解に怒りが向けられる。「何故わかってくれないのか? 何故韓国の主張を鵜呑みにするのか?」。前回紹介したクマラスワミ報告書反論文も、慰安所システムについてのアメリカ側の事実認定が異なっていれば、葬り去られることはなかったかもしれない。クマラスワミ報告書付属文書1のほうが撤回に追い込まれていたとも考えられる。アメリカ側の慰安婦問題に対するスタンスは、日本にとって厳しいものがある。しかし、そこには、実は日本側に責任が無い、あるアメリカ側の事情が絡んでいる。それは、クマラスワミ報告書を巡る日米韓の交渉に関わる国務省の文書が、何故CIA文書(※正式名称は『ナチス戦争犯罪・帝国日本政府情報公開法関係文書』)として出てくるのかと関係している。

この事情を知ることは、実は慰安婦問題だけでなく、“強制労働問題”・“731部隊問題”・“化学兵器破棄問題”等をアメリカ側がどのような文脈において捉えようとしているのか理解することに繋がる。そこで、アメリカ側の事情を明らかにし、それがどう2000年の『ナチス戦争犯罪・帝国日本政府情報公開法』に結び付いているのか明らかにしたい。話は終戦期に遡る。ドイツ陸軍参謀本部東方外国軍課の課長で、対ソビエト連邦インテリジェンスの元締だったラインハルト・ゲーレンは、ドイツの敗戦を確信した時、「アメリカは必ず、自分が保有している数万点に及ぶ対ソ連インテリジェンスの文書を欲しがるに違いない」と考え、それらを地中に埋めた。戦争が終わり、彼はアメリカ軍に捕えられたが、彼の思惑通り、彼の話を聞いたアメリカ陸軍准将のエドウィン・シバートは、文書を欲しがった。掘り出されたこれらの文書の重要性について、シバートから報告を受けたアメリカ陸軍省は、彼をに送るように命じた。こうして、ゲーレンはニュルンベルク裁判を受けることなく、アメリカ陸軍の対ソ連インテリジェンスの幹部としてアメリカに渡り、対ソ連諜報組織『ゲーレン機関』を作った。これ自体も相当な問題だが、もっと深刻なのは、彼が呼び寄せた元ナチスの幹部の中にクラウス・バルビー等がいたことだ。彼はゲシュタポの治安責任者としてフランスのリヨンに赴任し、反ドイツレジスタンスの弾圧にあたった。その過程で4000人以上を殺害し、凡そ8000人のユダヤ人を中心とした人々を絶滅収容所に送った。ここから“リヨンの虐殺者”と呼ばれた。ゲーレンは自らの保身の為にも、元ナチスの幹部をリクルートしてゲーレン機関を強化しなければならなかったのだが、そこにバルビーのような戦争犯罪者が“対ソ連インテリジェンスの専門家”として潜り込み、ゲーレン同様、アメリカ政府から巨額の報酬を貰っていた。このようなケースは、インテリジェンス関係者に限らない。アルトゥール・ルドルフは、“ロケットの父”と呼ばれるヴェルナー・フォン・ブラウンと共に、V2ロケットの開発にあたり、戦後はアメリカに身柄を移され、NASAでサターン5型ロケットを完成させたドイツ人科学者だが、第2次世界大戦中、ミッテルヴェルケのロケット製造所の所長として、ドーラ強制収容所の囚人を“奴隷労働”させていた。その労働環境は極めて劣悪で、一説には2万人とも言われる囚人が命を落とした。これに直接的に責任を負っていたのは、食糧配給から労務管理まで一切を取り仕切っていたルドルフだった。こんなことは、彼がアメリカ軍に捕まった際の尋問記録に少し目を通せばわかることだが、終戦期はロケット科学者が原子物理学者と同じく、米英ソの争奪の的とされていた。とくかく、英ソより早く確保し、アメリカに連れてこなければならなかった。しかし、これは当時の大統領であるハリー・S・トルーマンの与り知らぬことだった。彼は、「ナチスの戦争犯罪者をアメリカ政府の為に働かせてはならない」と命じていた。アメリカ陸軍、及び後のCIA(※1947年設立)幹部が独断でしたことだった。

1974年になると、ユダヤ系アメリカ人から疑問の声が上がり出した。「ナチスの幹部や強制収容所の関係者がアメリカの市民権を与えられているだけでなく、政府から高給を得ているのではないか?」。下院議員のエリザベス・ホルツマンが調べてみたところ、これが事実だということが判明した。しかし、前回紹介した反論文も述べているように、戦勝国が敗戦国に戦争裁判を受け入れさせ、刑を執行させたならば、それは最終的なものであって、事後に戦争犯罪者が見つかってもそれを裁くことはできない。従って、1978年のホルツマン修正法でできたことは、ナチス戦争犯罪者からアメリカの市民権を剥奪すること、そして強制出国させることだった。バルビーはフランスから引き渡し要求を受けていた為に、この法津を待たずににボリビアに移住していたが、ルドルフのほうは『司法省特別調査局(OSI)の働きかけで、1983年アメリカ市民権を放棄し、国外退去することに同意した後、結局、ドイツに受け入れられた。しかし、彼らは氷山の一角に過ぎなかった。そこで、アメリカのユダヤ人団体や下院議員は、このようなアメリカに入り込んだナチスの戦争犯罪者の情報を公開するよう、CIAに求めた。時を経るうち、こうした情報はCIAに集められ、極秘文書として蓄積されるようになっていた。しかし、CIAは「国益を損なう」として応じなかった。そこで、下院議員のカロリン・マロニーは、CIAが蓄えているナチスの戦争犯罪に関連する情報を公開させる『ナチス戦争犯罪情報公開法』を議会に提出し、1998年、これを成立させた。2年後には『ナチス戦争犯罪・帝国日本政府情報公開法』とされ、日本も加えられることになる。これが今日、“CIA文書”と言われるものになった。実は、『日本テレビとCIA』を始めとして、筆者が2006年以降上梓してきた一連の著書の殆どは、このCIA文書に基づいている。扨て問題は、「何故、クマラスワミ報告書を巡る日米韓の裏交渉の報告書が、このCIA文書から出てくるのか?」ということだ。同じボックスからは、村山富市以降、歴代総理の慰安婦についてのコメントと、それに対する日本と外国のメディアの報道と国務省担当者の分析を纏めた文書も出てくる。つまり、日本人にとっては驚きなのだが、アメリカの国会議員、及び政府の一部は、日本軍が設置した慰安所をナチスの強制収容所・強制労働施設・絶滅施設と同じカテゴリーのものと考え、情報を集めていたのだ。そして、バルビーやルドルフ同様、これらの関係者は戦争裁判で起訴されなかったので、その関係者の情報を公開して社会的制裁を受けさせようと思っていたのだ。

これはとんでもない歴史認識の誤りだ。クリスタ・パウルの『ナチズムと強制売春』を読めばわかるが、ナチスの強制収容所は強制労働施設であり、絶滅施設でもあると同時に、“軍事売春所”でもあった。ユダヤ人を収容したものも、ポーランド人等東ヨーロッパの占領地の住民を収容したものも、ほぼ同じ機能を持っていた。女性たちは奴隷狩りのように集められ、収容所や軍事売春所に入れられ、ドイツ兵の相手をさせられた。反抗的だったり、性病に罹ったりすると、処刑されたり、絶滅施設に送られたりした。ユダヤ人女性の場合は、従順で健康を保っても、一定期間の後、他のユダヤ人と同じ運命を辿った。ナチスの場合は、“軍事売春所”と絶滅施設の犠牲者はかなり重なる。これが、「何故ドイツには慰安婦問題が振りかからないのか?」という理由の1つになっている。“死人に口無し”なので、カミングアウトして証言することも、“償い金”を請求することもできないのだ。アメリカの国会議員や政府の一部は、ナチスと日本軍の違いがよくわからない為に、歴代首相が「慰安所を設置したのは日本軍であり、強制もあった」と認めると、どうしてもナチスの強制収容所・強制労働施設・絶滅施設と同じイメージで捉えてしまう。しかし、日本軍の慰安所とナチスのこれらの施設は、調べるほどにその違いが大きいことがわかる。前者は確かに日本軍の管理下にあったが、要するに売春所だった。これに対し、後者は基本的に強制労働施設であり、絶滅施設だった。前者は余程運が悪くない限り死ぬことはなかったが、後者は余程運が良くない限り生き残れなかった。こういったことは、『ナチスと売春』というYouTubeに上がっているドキュメンタリーでよりはっきりするので、是非こちらも見て確かめて頂きたい。扨て、1998年以降CIA文書が公開され、日本の慰安所の関係者の戦争犯罪が明らかになることが期待されたが、当然ながら、このような文書は全くと言っていいほど出てこなかった。当たり前である。SSやゲシュタポの幹部と慰安所の女将や亭主では、地位も持っている権力も違い過ぎる。それに、前回でも見たように、慰安所システムは当時の国際法に違反していなかったし、女将や亭主も国際法に抵触するようなことをする権限が無かった。この関連で思い出すのは、いつもはアメリカ第2公文書館には先ずいない中国人が、2008年、突然大挙してやって来て、人海戦術でこそこそと何か調べていたことだ。今にして思えば、CIA文書から日本の新たな戦争犯罪を見つけ出そうとしていたのだとわかる。強制労働に関しては、その後何件か裁判を起こしたのを覚えているが、慰安婦のほうは記憶に無い。今日になっても騒ぎ出していないということは、見つからなかったのだろう。

法律の名称には、バランスを取ってナチスと日本を並べているが、CIA文書の量は、圧倒的にナチス、特にゲーレングループについてのものが多い。少ない日本についてのCIA文書も、2006年以降発表された拙著をお読み頂ければわかるように、その多くが日本軍や政府高官の戦争犯罪というより、戦後のCIAの対日工作を暴露してしまっている。慰安所システムについてのCIA文書も、前回と本稿で述べたように、村山談話からクマラスワミ騒動までの国務省の報告書とコメントだけだ。先の大戦中の日本軍に関するものは、これまで見たことがない。それもその筈で、東京裁判を主導したGHQ自体、日本軍の慰安所を“アメニティー”(※原語のまま。生活環境を良くする為の施設)と捉えていた。このことは、GHQの戦史課が纏めた『日本軍の研究』ではっきりする。『戦略情報局(OSS)』が戦時中に纏めた報告書でも、慰安所を軍の士気を保つ為の施設と捉えてはいるが、犯罪性のあるものとは見ていない。だから、CIA文書からは、日本軍の慰安所に関して戦争犯罪を示唆する文書は出てこないのだ。但し、スマランのような、慰安所というよりレイプ・監禁等の戦争犯罪にあたる例に関しては、今後も出てくる可能性はあるだろう。ではアメリカ側は、戦争犯罪があったことを示すCIA文書が出てこなければ、慰安所システムをナチスの強制収容所や強制労働施設と同じカテゴリーのものとして捉えるのを止めるのだろうか? ここが問題なのだ。前に述べたように、ニュルンべルク裁判と東京裁判を主導したアメリカは、1970年代以降、ユダヤ人団体やリベラル派国会議員の圧力もあって、これらの裁判の起訴を免れた戦争犯罪者に何らかの形で制裁を加える方向で動いている。先ず、これが底流にあるということを押さえておかなければならない。勿論、これは戦争裁判を受けたドイツや日本の責任ではなく、御都合主義で戦争犯罪者を免責してしまったアメリカ側の事情だ。この動きの中で、帝国日本政府を名称に含む法律を態々加えたのだから、ドイツの強制収容所や強制労働施設等にあたるものを日本側に見つけなければならない。最もぴったりし、目立つのは、日韓双方で騒ぎ立てている慰安所システムだ。偶然にも『韓国挺身隊問題対策協議会』は、慰安婦を『挺身隊』という名の下に集められた謂わば“性奴隷”、慰安所を謂わばその“強制収容所”であるかのような主張をしている。これは歴史的事実としては勿論、全くの誤りだが、「慰安所をドイツの強制収容所、乃至強制労働施設として位置付けたい」というアメリカ側の注文に見事に一致する。しかも、前回明らかにしたように、国務省高官でさえ、慰安所が運営されていた当時、「朝鮮半島が日本軍の占領下にあった」という誤った認識を持っている。だから、「ドイツ軍占領下の東ヨーロッパやソ連で起こったことが、朝鮮半島でも起こった」と考えているのだ。これでは、慰安所に関する事実認定を改めてもらうことは相当難しい。

この他、アメリカ側は、東京裁判で起訴を免れた戦争犯罪として、『731部隊』、中国の鉱山や工場等での強制労働、化学兵器廃棄等も視野に入れている。これらは中国がよく取り上げる問題だが、CIA文書等資料はアメリカにある。従って、将来、ホルツマンやマロニーのような人物が登場し、これらの枠組みと文脈が変われば、これまでとは違ったものに発展する可能性がある。扨て、法案を通したアメリカの国会議員は、このような戦争犯罪者の情報を公開した上で、彼らの市民権を剥奪し、国外退去させることを目標としている。ところが、日本の場合は抑々、アメリカに迎えられて政府から高給を貰っている戦争犯罪免責者などいない。そこで、入国禁止という制裁をあてはめるのだが、これも全く意味が無いことは明らかだ。生き残っていたとしてもかなりの老齢で、しかも戦争犯罪者だと思われているアメリカに誰が行きたいと思うだろうか? にも拘わらず、アメリカ国務省は入国禁止者リストを作り、日本側に承認を求めている。法案を作った以上、どんな小さなものでもいいから、成果を出さなければならないということだ。外交の難しさはここにある。つまり、日本側が歴史的事実を正確に把握し、相手にしっかり伝える努力をしても、結果が伴わないことも往々にしてあるのだ。それは、日本側の情報発信力の問題ではない。アメリカ側が今、どう動いているのか、どのような枠組みの中で、或いは文脈の中で捉えようとしているかが問題なのだ。日本のマスコミは“何を言うか”しかいわないが、寧ろどう言えばわかってもらえるかのほうが重要なのだ。大本の部分で枠組みと文脈を共有していなければ、細かい事実や情報を伝えようとしても、そのコミュニケーションは成り立たない。外務省の優秀な官僚が作ったクマラスワミ報告書反論文は、まさに完璧な反論文だった。そこに書いてあることは、歴史的事実や国際法に照らして些かも間違ってはいない。それ故、少なくとも国際法を踏まえて日本の法的責任に述べている部分に関しては、アメリカの支持を受けた。だが、慰安所の歴史的事実を踏まえてクマラスワミの誤りを指摘した部分は支持されず、反論文は公にはされなかった。それは、日本側が誤っているからではなく、アメリカ側が日本側とは全く別な枠組みと文脈の中で捉えているからだ。そのことに日本は全く責任が無いのだが、如何ともし難い。日本として今後取るべき道は、アメリカの助言通り、年老いた慰安婦に対する援助を続けつつ、国際連合その他の国際的な場において、“女性に対する暴力”の問題で大いにリーダーシップを発揮して、ネガティブなイメージの払拭に努めることだ。枠組みや文脈は何れ変わるものだ。


有馬哲夫(ありま・てつお) 社会学者・早稲田大学社会科学部社会科学総合学術院教授。1953年、青森県生まれ。早稲田大学第一文学部英文科卒。東北大学大学院文学研究科英文学博士課程単位取得満期退学。ミズーリ大学客員教授、メリーランド大学客員研究員等を経て現職。著書に『昭和史を動かしたアメリカ情報機関』(平凡社新書)・『アレン・ダレス 原爆・天皇制・終戦をめぐる暗闘』(講談社)等。


キャプチャ  2017年6月号掲載




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テーマ : 従軍慰安婦性奴隷制問題
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