【誰の味方でもありません】(08) 時の記念日に思うこと

インターネット上のコンテンツを観る時には、兎に角、時間対効果を気にしている。「如何に短い時間で多くの情報を入手できるか?」という意味だ。例えば、『ツイッター』は最新のニュースや炎上騒ぎを概観する時に時間対効果がいい。1つひとつの投稿が短く、多様な話題を一気に確認できるからだ。それで言うと、動画を観るのはどうしても時間がかかる。ツイッターと比べると、1つの情報を知る為にとんでもなく時間がかかり、損したような気分になるのだ。だけど不思議と、YouTuberの動画だけはするっと観られてしまう。YouTuberというのは、『YouTube』での動画配信を生業にしている人々のこと(※本誌で連載しているKAZUYAさんもそうですね。観たことないけど)。中にはトップ芸能人並みに稼ぐYouTuberもいる(※KAZUYAさんはそんなお金持ちに見えないけど)。彼らの編集の基本は、兎に角、間を切っていくこと。“ジャンプカット”と言うが、必要の無いシーンは勿論、ちょっとした間もどんどんカットしていくのだ。ここが通常のテレビや映画との違いで、プロ意識のある映像マンたちは絶妙な間をきちんと残そうとする。しかし、少なくともインターネットで動画を観る時に、間なんて退屈以外の何物でもない。そして不思議なことに、間が無い動画というのは、多少つまらなくてもストレス無く観てしまうことができるのだ(※KAZUYAさんは違うと思うけど)。

ファンには怒られそうだが、映画『シン・ゴジラ』(東宝)もYouTuberの動画みたいだと思って観ていた。シン・ゴジラでは登場人物が超高速で話し続け、間も殆ど感じられない。こんな逸話がある。シン・ゴジラを脚本通り作ろうとしたら3時間を超えそうになった。しかし東宝からは、「2時間に収めてほしい」と言われている。ここで通常なら脚本をカットするところだが、演者を早口にすることで解決しようとしたというのだ。恐らく、社会の求める時間感覚が速くなっているのだろう。同じく大ヒットした映画『君の名は。』(東宝)の上映時間も107分だった。お笑い芸人が重宝されるのも、早口で滑舌のいいことに秘密があるのではないか? しかし、「昔の日本人のほうがゆっくりしていた」という単純な話でもない。例えば、『七人の侍』(東宝)を始め、古い邦画の登場人物は非常に早口で話す。何となくゆっくりのイメージがある小津安二郎作品も、現代の感覚からするとテンポも含めて超高速。フィルムの関係もあるのだろうが、当時の人々はこの高速映画を楽しんでいた訳だ。昔の人は、日常会話も今より早口だった可能性もある。それが今や、日本中のコンテンツがゆっくり。勿論、高齢化の影響もあるのだろう。しかし、シン・ゴジラのヒットやYouTuberの躍進を見る限り、もう一度あらゆるスピードを、昔の日本くらいに速めてもいいのではないか? 僕も早口で滑舌が悪いのだが、このままでいようと思う。


古市憲寿(ふるいち・のりとし) 社会学者。1985年、東京都生まれ。東京大学大学院博士課程在籍。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)。著書に『希望難民ご一行様 ピースボートと“承認の共同体”幻想』(光文社新書)・『絶望の国の幸福な若者たち』『誰も戦争を教えてくれなかった』(共に講談社)等。


キャプチャ  2017年6月29日号掲載
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